一年半後の3月。
わたしは無事に高校を卒業した。
この3月で、人間界留学の期間が終わる。
わたしは海の世界に戻ることになっている。
その日が待ち遠しいような、来て欲しくないような、不思議な気持ちだった。
真珠達は“大学受験”というものがあったけれど、わたしにはない。
クラスのみんなには“帰る”ということだけを伝えてあった。

海にいた頃だって、みんな分け隔てなく接してくれていたけれど、 必ずどこかでつきまとった“王女”という身分。
その身分の関係ない世界で、こうして暮らせたこと。
ひとりの人として生活できた時間・・・。

たくさんのことがあった二年間。
人間の姿で生活した二年間はとても貴重な時間だったと思う。
こんなにたくさんの人数で行動することも、 仲間と過ごすことも、なにかをすることも、初めてだった。

たくさんの音楽を教えてもらった。
たくさんの人間界のことを教えてもらった。
仲の良いみんなで行った海。
透也君と連斗君に連れて行ってもらった演奏会。
プチ・ダブルデートと称して連斗君と美菜穂さんと透也君とで行った遊園地。
星が空に流れる夜にみんなで夜空を見上げた日のこと。
運動が駄目なわたしをみんなでフォローしてくれた体育祭。
合唱祭でソロを歌わせてもらった。
演劇祭の演目「オペラ座の怪人」では主役をやらせてもらった。
修学旅行のあの数日間はとても楽しかったわ・・・。
透也君と、連斗君と一緒に奏でた曲の数々は決して忘れない・・・。

人間界に来れてよかった。
思い切って人間界留学の申請をしてよかった。

こうして、みんなに出会えてよかった・・・。






早咲きの桜がはらはらと散っている。
青い空に淡いピンクが泳ぐ景色はとても綺麗だった。

「・・・桜は三度目ね・・・帰る前に見れて良かった」
「そっか、歌音は帰るんだよな・・・」
「うん。会えなくなるわね」

透也君と連斗君と美菜穂さん。
4人でお花見に来た。
美菜穂さんはとても素敵な人だった。
ちょっとおっとりで、笑顔がとっても可愛くて、一緒にいるだけで和むような人。
わたしたち4人はすぐに仲良くなれた。
美菜穂さんと連斗君は恋人同士。
透也君だけ余っちゃう、ということでわたしも良く一緒にいるようになったから。
もちろん、わたしは友達として・・・だけれど。

「ねえ、住所も教えてくれないの?」
「・・・ごめんね、美菜穂さん。とても、遠いところだから」
「メールも?」
「・・・・・・携帯、解約しちゃうし」
「・・・連絡手段はないわけ?」
「真珠に伝えてくれればいいから・・・手紙でも、メモでも・・・」
「真珠とは連絡取るんだ?」
「・・・・・・たまにね」

どこに帰るかなんて言えない。
住所なんてあるわけない。
電化製品が使える所じゃないのよ・・・。
わたしが帰る場所は海だから。

「長期休みには遊びに来るわ。その時にたぶん会えるわ」
「長期休みって、次夏休みじゃん」
「ゴールデンウィークじゃ短すぎる・・・?」
「歌音ちゃんに会えなくなるの、寂しいなぁ。 歌音ちゃん、音大とか合うと思ったんだけど・・・」
「ごめんなさい・・・どうしても・・・」
「仕方ないか。歌音が決めたことだし・・・。 でもさぁ、真珠とは連絡取るのに、俺らとは取らないってのは納得いかないなー」
「まあまあ、歌音にもそれなりに理由があるんだろ」
「・・・うん。ごめんね。いつか・・・いつか・・・話せればいいとは思うけど・・・」
「?」
「いつか、ね。もし数年後、また会えて、 その時にこうして話が出来たら、教えてあげる」
「何を・・・?」
「ナイショ。秘密よ、まだ」
「あー、歌音ちゃんってばズルイー。今じゃダメなの?」
「ダメ。もう少し、時が流れて、わたしがここに戻ってくることがあったら、ね」
「ほんと、歌音って不思議の多いヤツだなぁ」
「今更?透也君」
「わかってたけどさ。じゃあさ、4年後。 俺たちが大学を卒業したら、また4人で会おう。 その時には歌音に絶対白状してもらう」
「あ、それいいねっ」
「4年後か・・・想像つかないな」
「・・・・・・わかったわ。4年後、一緒に桜が見れたら話すわ」
「よし!約束な!」
「・・・うん」

はらはらと桜が散る季節。
ひとつの約束。
そうね・・・4年後、こうしてまた会えたら、話すわ。
わたしのことを・・・。
青い海の世界を・・・。

「いつ行くの?」
「・・・まだわからない。でも今月中には行くわ」
「見送りとか・・・」
「ごめんね・・・無理だと思う」
「そっか・・・じゃあ、今日でお別れ、かな」
「うん・・・。でも、卒業式で最後かと思ってたから、誘ってもらえて嬉しかった」
「そうだ、歌音。これセンベツ」
「?」

透也君がラッピングされた箱を取り出した。

「三人で選んだの」
「約束の印って事で」
「ありがとう・・・。ね、開けてもいい?」
「どうぞどうぞ」

箱を受け取って、包みを開く。
姿を現したのはピンクの石のブレスレットだった。

「歌音ちゃん、いつもネックレスしてるから、合わせてみたんだ」
「ローズクォーツっていう石なんだって」
「髪の色とかにも似合うだろうし」

綺麗な色をした石。
ローズクォーツ・・・。
やだ、嬉しい・・・。

「ありがとう・・・ほんとに・・・ありがとう・・・」

泣いちゃダメ。
感涙の涙だろうが、涙の再会だろうが、人間の前で泣くことはタブー。
こんな時になってまた思い出すなんて・・・。

「ありがとう。大切にするわ」
「よかった」

左手に付けてみる。
キラリと薬指の指輪が光った。
そう言えば・・・誰ひとりとしてこの指輪のことを聞かなかったな・・・。
この世界では触れてはいけない意味があるのかしら?

「ねえ、最後に聞いても良いかな?」
「な、なに?美菜穂さん」
「歌音ちゃんって実はカレシ持ち?」
「へ?!」

何を突然・・・。
カレシ?

「どうして?」
「だって、左薬指に指輪してるじゃない?実はずーっと気になってたんだけど・・・」
「ああ、確かにしてるな」
「あんま気にしなかった」
「これ?が、どうしてそうなるの?」
「やだー、もう。左薬指っていえば、愛の証でしょう?」
「・・・・・・」

そうなの?
左薬指ってそんな意味があるの?
そういえば、結婚式では指輪交換ってあるけれど・・・。

「カレシなんていないわ。これは大切な誓いの証なの」
「誓い?」
「そう。とても大切な。一時だってこの指輪無しじゃ生きられないのよ。この世界では」

この指輪をもらったとき海に忠誠を誓った。
わたしは海の住人だという誓い。
この指輪がなくなったら、わたしは人間の姿でいられない・・・。

「なんか、すごい規模の指輪だな・・・」
「この世界ではって・・・宇宙人みたいな発言だし」
「くすっ。秘密っ。4年後に教えてあげる」
「それも秘密かよー。ちぇっ。ぜーったい4年後に来いよ!」
「とか言う透也が一番忘れそうだよなー」
「そうそう。連斗は覚えてそうだけど」
「忘れねーって。歌音こそ、忘れるなよ?」
「わたし記憶力だけは良いから」
「とにかく、4年後、絶対な!」
「はいっ」


4年後の桜咲く日。

きっと、その日が、運命の日。



ねえ、本当のわたしを知っても“親友”だって言ってくれますか・・・?