人のあまり来ない、一般立ち入り自由の灯台の展望台。
夕方、ひとりそこに立った。
波が寄せては引いていく音が響く。
夕立がきそうな、少し暗い雲が空に浮かんでいた。
「歌音」
「透也君・・・。ごめんなさい、呼び出して」
「いや、大丈夫だけど・・・」
今日、透也君を呼び出したのはわたし。
きちんと、わたしの気持ちを伝えるために。
「歌音からのお呼び出しって事は、返事をくれるの?」
「ええ・・・」
「そっか」
「・・・わたし・・・わたしね・・・」
認めたくなかった。
けれど、気がついてしまった。
「わたしね、透也君のことが好き・・・」
そう。
わたしは透也君のことが好き。
そのことは否定しない。
少しぶっきらぼうな所も、やんちゃな瞳も、少し意地悪な口調も。
真剣な視線も、優しい笑顔も。
綺麗な音、優しい音、力強い音・・・。
全部、すごく、素敵で・・・好きだと思えるけれど・・・。
でも、でも・・・!
「でもっ・・・ごめんなさい!」
「え?」
「わたし、透也君とはつきあえない・・・」
「・・・どうして?理由は?」
「・・・・・・昔から・・・幼い頃から決めてることがあるの・・・。
わたしね、とってもとっても大好きなものがあって・・・
それを越えるほどの好きじゃなきゃ・・・
それを失ってもいいくらい好きになった人とでなきゃつきわないって決めてるの・・・」
「・・・んだよ・・・それ・・・」
「ごめんなさい・・・透也君のこと好きだけど・・・やっぱり・・・
わたし、大事なものを失いたくないの・・・」
「・・・つきあっていくうちに変わるかもよ?」
「それでもっっっ・・・どうしても・・・ごめんなさい・・・。
それに・・・きっと・・・あれより大切なものなんて・・・そんなに簡単にはできないから・・・。
たとえ今・・・つきあっても・・・きっと『さようなら』を言う日が来るから・・・」
「・・・それなら、嫌いだって言ってくれた方が楽なんだけど・・・」
「嫌いじゃないもの!そんなこと言えない!嘘でだって嫌いだなんて言えないよ・・・。
わかってる、すごくわがままだって。とても、とても、変な理由だって。
でも、素直な気持ちを伝えたかった。わかってほしかった・・・」
「歌音・・・」
泣きそうになるのをぐっと我慢する。
駄目。 泣いては駄目。
人魚は地上で泣くことを許されてない。
「ごめんなさい・・・」
「・・・好きなのに、ごめんって言うの、辛くない?」
「っ・・・でも…わたしが、決めた、こと、だから・・・。
それに・・・透也君の方が・・・きっと・・・」
「・・・・・・歌音が・・・そんなに小さい頃から決めてる事じゃ・・・仕方ないか・・・。
これから・・・まだ俺に望みはある?」
「・・・・・・ごめんなさい」
「そっか・・・。なあ、歌音がそんなに大切なものってなに?」
「・・・海よ」
視界一面に広がる海へと視線を向ける。
どんよりとした雲がいつもは輝いている海を怪しく思わせる。
そう・・・海の下の世界がわたしの帰る場所。大切な場所。
「海?」
「そう、海・・・。わたしが・・・世界で一番大好きで・・・大切な・・・存在・・・」
「・・・そっか・・・。あーあ、歌音って不思議なやつだなーと思ってたけど、
ますます不思議になった。海か・・・歌音は海の精なのかもな・・・。
いや、人魚って言う方が合ってるかも」
その言葉にどきっとする。
動揺しちゃダメ。
「・・・ねえ、歌音」
「な、に?」
「歌音は俺のこと好きなんでしょ?」
「・・・・・・」
こくんとうなずく。
好き。 だけど、どうしようもなく、わたしは海の世界が好き。
透也君への気持ちを諦められるうちに、
もっともっと好きにならないうちに、わたしは・・・。
「じゃあさ、10分だけ・・・10分だけで良いから、恋人同士になろう」
「・・・え?」
「10分だけ、歌音を俺にちょうだい」
「・・・いいわ」
「ありがとう」
そう言うと、透也君はわたしを強く抱きしめた。
ぎゅっと唇をかみしめる。
あたたかい・・・とても…あたたかい・・・。
この腕を・・・放したくなくなりそうで怖いけれど・・・
それでも・・・とても心地良いと思ってしまう・・・。
「・・・ごめんなさい・・・」
「しっ。今は恋人同士だからごめんはなし」
「・・・はい・・・」
とても、理不尽なことだとわかっている。
好きだと言っておきながら、つきあえないと言う。
一番大切なものより・・・海より好きになった人とじゃなきゃつきあわない、
なんて、ものすごく変な理由だってわかってる。
でも、これしか言えないの・・・。
嘘は言っていない。
ちょっと言い方を変えただけ。
それでも、どうしてこんなに泣きたくなるんだろう。
後悔なんてしてないのに。
きちんと考えて、きちんと出した答えなのに。
どうしてこんなにも、この人を好きだと感じるのだろう。
こんなに優しい人を・・・傷つけている自分が嫌になる。
ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・。
「歌音って強いんだな」
「・・・え?」
さらっと透也君がわたしの髪をなでる。
「泣かないんだ。意外と泣き虫なイメージがあった」
「・・・・・・泣けないのよ・・・」
「え?」
「ううん・・・強がってるだけ・・・」
「そっか・・・。ここで泣いていいよって言われても泣かない?」
「泣かないわ・・・いいえ、泣けないわ・・・」
「歌音ってほんと不思議なやつだなぁ」
「でしょう?だから、やめておいたほうがいいわ、こんな女」
「それでも魅力的なんだよなぁ、歌音は」
「・・・・・・ねえ、これからも友達として付き合っていける?」
「歌音さえよければ・・・」
「わたしのわがままだもの・・・透也君のほうが・・・」
「俺は友達としてでも歌音と一緒にいたいけど?
親友って枠はひとつじゃないし。
それに・・・俺、歌音の歌、好きだから。約束も残ってるし」
「・・・・・・透也君って優しすぎるよ・・・」
泣き出してしまいそうな感情をぐっと抑え込む。
ダメ。 泣いてはダメ。
わたしの涙は人魚の涙だから。
お願い・・・早くひとりにして・・・。
「おっと…そろそろタイムアップか・・・」
「・・・・・・」
「最後にお願い、ひとつきいてくれる?」
「なに?」
「目閉じて」
そっと目を閉じる。
そして、くちびるにやさしい感覚。
くちづけ。
わたしの、初めてのキス。
「・・・・・・じゃあ、歌音、ありがとう。また、学校で」
「・・・うん・・・」
そう言って、透也君はわたしにくるりと背を向けて扉の向こう側に消えた。
「っ・・・」
カンッ。
カンカンッ。
一粒、二粒とわたしの頬を伝った涙が床に落ちて音を立てた。
その場にしゃがみ込む。
「泣いちゃダメだってっ・・・歌音の泣き虫・・・っ」
ぐいっと涙をぬぐって、ぽつぽつと降ってきた雨から逃げるように駆けだした。
悲しいんじゃない。
悔しいんじゃない。
透也君が悪いんじゃない。
わたしがいけないの。
後悔してるんじゃない。
納得してる。
それでも、胸が痛い。
どうしようもなく・・・。
傷つけてしまった。
笑ってくれたけど、きっと・・・。
こんなわたしを変だと言わずにいてくれた。
理不尽な理由なのに受け止めてくれた。
とても優しい人・・・。
ごめんなさい。
ごめんなさい・・・。
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