タタン・・・タタン・・・。
夏休みも半ば。
合唱部のコンクールも終わって、休みらしい夏休みが訪れた。
“星を見に行こう”という真珠の提案により、
雫の家が所有している別荘に行くことになった。
わたしと、真珠、雫、あくあというおなじみのメンバー。
電車に揺られること約一時間半。
流れる景色が早くて、あっというまに都会という名を捨てたような景色になる。
電車を降りて、雫の案内で色々買い物をしてから別荘に向かった。
がさがさと一本の狭い道を通っていく。
「雫の別荘来るの初めてね」
「あくあはそうね。真珠は一回来たわよね?」
「うん。とっても素敵なの。小さい湖があるんだよねっ」
「へぇ・・・」
「奥まったところにあるし、私有地だから誰も来なくていいところよ。
夜は星が綺麗に見えるの」
「だからこんな道を通るのね」
「あはは。それは勘弁して〜」
誰も通らないような道を抜けて、開けた土地に出る。
「雫」
「あ!星っ」
男の人の声がして、雫が駆けだした。
ふたりがぎゅっと抱きしめ合う。
「久しぶり、雫」
「星も、久しぶりっ!会いたかった」
「はいはい。友達と来たんだろ?離れて離れて」
「あ、ごめん・・・つい」
ぽんぽんと男の人が雫のアタマをなでる。
・・・誰?
「雫のカレシでしょ」
「えっ」
「今誰だろうって思ってたでしょ?」
「バレてました?」
「歌音ってわかりやすいから。雫って遠恋だからさ、
夏休みとか連休とかじゃなきゃ会えないんだよね」
「そうなんだ・・・ところで遠恋って?」
「遠距離恋愛の略。離れたところに住んでる恋人ってこと」
「なるほど・・・」
離れて住んでて、年に数えるほどしか会えなくて、それでもお互い好きなんだ・・・。
何だか素敵ね。でも、寂しくないのかしら・・・?
「みんな、紹介するね」
「相田星です。よろしく」
「水城真珠です」
「新谷あくあです」
「・・・水城歌音です。よろしくお願いします」
「みんな人魚ってホント?」
星さんの発言に驚く。
この人っ・・・。
「あ、人魚だってバレてますからご心配なく」
「なんだ、そうだったの・・・びっくりしたぁー」
「相田さんは人間ですよね?」
「そう。俺は人間。うわー、ひとり仲間はずれかぁ」
「くすくす。なんか良い気分ね」
「雫〜・・・」
「ま、とにかく行きましょ。掃除から始めなくっちゃ!」
別荘につくやいなや、始めたことは掃除。
別荘って長い間ほったらかしだから掃除から始めなきゃいけないんだって。
全員総出で夕方までかかってしまった。
そして夜になった。
「歌音!歌音っ。着替えた?」
「ええ」
雫に言われて水着に着替えた。
湖で泳ごうということらしいわ。
「万が一って事があるから真珠も忘れずに・・・
って歌音は真珠がなきゃダメなんだったっけ」
「ええ。これと指輪。ひとつ欠けたら人間の姿ではいられないから」
「さ、タオル持って!行きましょ」
「はいっ」
必要なものを持って雫の後に続く。
こんな時はっきりと思い出す。自分が人魚だって事を。
この左手の薬指の指輪と真珠のネックレス。
ひとつでも欠けたらわたしはこの世界で人間として暮らしていけない。
とてもとても大切なもの。
みんなで湖へと入る。
月明かりの下、優しい光のあふれるこの場所はとても静かだった。
「ほら、歌音。空を見て」
そう言われて空を見上げる。
「うわあっ・・・すごいっ・・・」
夜空には満天の星。
降ってきそうなほどの光の輝き。
目が奪われる。 吸い込まれそう・・・。
「素敵でしょう?」
「ええ、とっても!手が届きそうね・・・!」
「ふふっ」
「本当にキレイねー」
「雫が天文部に入る理由がわかる気がする」
「でしょう?」
「俺からすれば、人魚が4人泳いでるっていうほうが珍しい光景だけどねー」
「星っ」
湖の畔で望遠鏡をセットしながら星さんが言った。
・・・確かに、それはそうね・・・。
「美女揃いで嬉しいでしょ?」
ついっと雫が泳いでいって星さんの前で顔を出した。
「お、自分で言う?」
「冗談よ冗談。でも、確かに人魚が4人ってだけですごい光景かもね」
「そうそう。かなりメルヘンの世界に迷い込んだ気分。ネバーランドみたいな?」
「ちょうどいいじゃない。星そういうの好きでしょ?」
「まあね」
くすくすと笑い合いながら話す二人は本当に幸せそうだった。
好きな人と会えるってこういうことなのね・・・。
水面に寝転がって、空一杯に広がる星を眺める。
誰かを特別に好きになったことなんてなかった。
ひとりの人を特別に好きになったことなんて・・・。
けれど・・・・・・。
誰かお願い、この気持ちを止めて。
ないものにしてしまって・・・。
わたしはここで、誰も好きになりたくない。
人間界で恋をしたくない。
だから、お願い・・・この気持ちを消す方法を教えて・・・。
「歌音?大丈夫?」
「・・・真珠・・・」
「何か悩み事?」
「あくあ・・・」
ざばっと体勢を立て直す。
ぽたぽたと前髪から水がしたたり落ちる。
「ねぇ・・・好きを止める方法ってある?」
「え?」
「誰かを好きになって・・・その気持ちを止める方法ってあるのかな」
「好きって気持ちを止める方法・・・?」
「それは難しいんじゃない?だって気持ちは脳でコントロールできないもの」
「そうね。考えてもみなかったわ。歌音、誰か好きな人できたの?」
「・・・・・・よく、わからないんだけど・・・」
「人魚が人間に恋をしちゃいけない、ってゆーわけじゃないんだよね。
現にあたしたちがこうしてここにいるんだから」
「そうよね。わたしたち混血だものね」
「・・・でも、わたし・・・」
「好きだっていう気持ちを止めるのは難しいわ。
逆に認めてしまうのは簡単。どうしても止めたいのなら、
認めてから諦めればいいんじゃない?」
「諦める?」
「そう。好きにならないんじゃなくて、好きでいることを諦める。
なんだか似たようなものだけど・・・一度認めてしまえばちょっとは楽なんじゃないかな?」
「一理あるわね。どちらにしても、楽な事じゃないけど・・・。選ぶのは歌音よ」
「・・・・・・そうね・・・うん。ありがと」
「・・・無理、しないでね?」
「ええ・・・」
「星の数ほど恋をする人もいれば、一生に一度の恋しかしない人だっている。
人それぞれ。歌音の恋が実るにしろ実らないにしろ、
歌音が納得できる道を選んだ方が良いわ」
「・・・うん」
認めたくなかった。
“人間”を好きになることを認めたくなかった。
わたしは選びたくなかった・・・究極の選択を・・・したくなかった・・・。
どちらか一つを選ぶことをしたくなかったの・・・。
だから避けていたの。
認めることを。
素直になることを。
信じることを。
ただの・・・臆病ね・・・。
真理乃さんが言ってた、ある時を境に気づく好きって気持ち。
・・・わたし・・・透也君が好きなんだ・・・。
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