放課後、音楽室の前を通りかかったとき、ピアノの音が聞こえた。
ドアの窓から覗くと、やっぱり透也君だった。
カラリと戸を開けて中に入る。
「歌音」
「ごめんなさい、邪魔しちゃった?」
「いや」
「ピアノの音が聞こえたから、透也君かなぁって思って」
「・・・なんで俺だって思ったの?」
「なんとなく、だけど・・・」
透也君がピアノから離れて窓辺まで行く。
わたしもそれに続いた。
「ねえ、どうしたの?何だか朝から機嫌悪い・・・?」
「・・・バレる?」
「うん・・・」
「朝はさ、例のウワサに腹が立っただけ」
「・・・・・・」
「まさか連斗があんな風に話すとは思わなかった」
「・・・素敵だよね、好きな人がいるってちゃんと言えるの」
「連斗が美菜穂のこと好きなのは知ってたけどさ・・・」
「連斗君言ってた。美菜穂さんが帰ってきたら言うつもりだからいいんだって」
「・・・・・・」
「わたしの姉が言ってたの。気持ちはちゃんと言葉にしなくちゃ伝わらない、
言わないでわかってもらうだなんて無理。
長く付き合ってたってわからないことは山ほどあるって」
「・・・そうだな・・・。そうだよな」
「うん」
“・・・だから言いたいことがあるならハッキリ言いなさい”
よく紫音姉様が言っていた。
気持ちは言葉にしなくちゃ伝わらない。
逆に隠しておきたければ言葉にしなければいいと。
わたしも、ひとつ、隠していることがある・・・。
出来るなら、誰かに伝える日が来なければいいと・・・わたし自身が強く願っているから。
「歌音」
「ん?」
「歌音はさ・・・連斗のことが好きだった?」
「恋愛対象として、という意味ならNOよ。友達としては好き」
「そっか・・・」
「昨日は偶然ふたりだったところを見られただけ。
その前は真珠達も一緒だったし・・・誤解しないでね?」
「ああ」
やっぱり、今日の透也君・・・元気ないな・・・。
「今日でしばらく歌音にも会えなくなるな」
「?」
「夏休みだろ?合唱部はコンクールで忙しいし・・・登校日までは一ヶ月ある」
「そっか・・・そうだね。ちょっとさみしいね」
「・・・歌音」
ついっと視線をわたしに持ってきた。
思わず、鼓動が波打つ。
な、に・・・今の・・・。
「・・・あのさ」
「うん?」
「・・・俺、歌音のこと好きだよ」
「・・・え?」
その言葉にドキドキした。
まっすぐな視線が、わたしを捕らえて放さない。
「友達じゃなくて、女の子として・・・歌音が好きだ」
「・・・あ、えっと・・・っ」
視線が泳ぐ。
好き・・・? わたしのことを・・・すき・・・?
わたし・・・どうしたらいい・・・?
嫌いじゃない。嫌いじゃないよ。
でも・・・!
“いいこと、歌音。相手の気持ちには誠実に答えること。
これが王女たるものの心構えよ。
たくさん色んなことを言われる立場だけれど、
きちんと気持ちを伝えてくれた者にはそれなりの答えを返すこと。
でないと相手に失礼になるわ”
「ごめんなさい・・・わたし・・・好きとかよくわからなくて・・・」
「・・・別にいいよ、返事を今すぐにもらおうとは思ってないから」
「でもっ」
「ハッキリしたら教えてよ。歌音の気持ち。言っとくけど、嘘でも冗談でもないから」
「・・・・・・はい・・・」
「それじゃ、また、登校日に」
「・・・うん。またね」
ガラガラッ・・・。
それだけ言うと、透也君は音楽室を後にした。
・・・・・・透也君がわたしを好き・・・?
早まるこの鼓動を信じたくない。
火照る頬を認めたくない。
どこかで“嬉しい”と思っている心を止めて欲しい。
お願い・・・誰か・・・嘘だと言って・・・。
“そうね・・・とりあえず、ドキドキするわ。・・・私だって言葉じゃ表せないわ・・・
とにかく好きなものは好きなのよ・・・。
ある日突然気がつくわ、この人が好きなんだって”
そう、真理乃さんが言っていた言葉が心に響いた。
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