「あれ?真理乃さん」
試験も終わって部活も再開したばかりの今日。
部活の時間も半ばになった放課後、楽譜を忘れて教室に取りに戻った。
すると、教室にひとり、真理乃さんが校庭を見つめていた。
「・・・ああ、歌音さん。こんな時間まで、部活?」
「え、ええ。楽譜を忘れて・・・真理乃さんは部活は・・・?」
「私?今日はない日よ。合唱部みたいにコンクール前じゃないしね」
「真理乃さんって何部?」
「美術部よ」
「へぇ・・・一度見てみたいな、真理乃さんの絵」
「・・・あなた忘れ物取りに来たんじゃなかったの?」
「え?あ、そうだった」
「・・・天然ね」
天然・・・って何の事かしら・・・?
とにかく、楽譜楽譜っと。
自分の席の机から一枚印刷された楽譜を取り出した。
ぺらっと一枚だけだったから忘れちゃったのね。
ちらりと真理乃さんを見る。
ふたたび校庭を見つめてる。
何が見えるのかしら・・・?
ひょいっと真理乃さんの隣に立って校庭を覗いてみた。
「サッカー部・・・?」
「なっ、あなたまだいたの?」
「ちょっと涼んでいこうと思って。音楽室って冷房効かせてくれないの」
「歌音さんって暑いの苦手でしたっけ?」
「とっっても。暑いのはダメ。慣れてないの」
「・・・寒い地域に住んでたの?」
「そんなところ。暑い場所じゃなかったわ」
「・・・ほんと、あなたって・・・」
「?」
「何でもないわ。あなたといると調子狂うわ」
そう言ってくすりと笑ってため息をついた。
何か悩み事・・・なのかな?
ガララッと窓を開ける。
ふわっと暑い空気が流れ込んだ。
「何してるの?涼みに来たんでしょう?これじゃ逆効果だわ」
「でも、風があるほうが気持ちいいから。
そう思わない?悩み事があるならこんな閉鎖的な空間ダメだよ」
「・・・誰が悩み事あるって?」
「真理乃さん!顔に書いてあるわ」
「そうかしら・・・。でも、そうね、風がある方がいいわね」
今まで聞こえていなかったサッカー部のかけ声や風のざわめき、
遠く聞こえていた蝉の鳴き声も体中に響いて聞こえる。
「かーのんっ」
「透也君っ」
突然窓の外から声をかけられた。
「なにー?部活さぼり?」
「違うわ、忘れ物を取りに来たの」
「そのわりには真理乃と話してたんじゃないの?」
「見てたの?」
「ちらりとね」
「そう言う透也君は?あ、助っ人してるって連斗君が言ってたっけ」
「そう。でもこのあとレッスンあるから今日はおしまいってわけ」
「レッスン・・・ああ、ピアノのことね?」
「そうそう。明日は合唱部行くから」
「?どうして?」
「伴奏だって。聞いてない?俺一曲伴奏代理頼まれてるから」
「そっか・・・」
「じゃ!」
「うん。レッスン頑張って」
「サンキュー。歌音もな!」
そう言って透也君は駆けていってしまった。
「・・・仲良いのね」
「お友達だから。真理乃さんも友達、だよ」
「・・・・・・いいわね、あんな風に素直に話せるのって。私はいつもいつも・・・」
「・・・真理乃さんは透也君が好きなの?」
「・・・・・・そう。ずっと前からね・・・。でも、
透也君って鈍感だし・・・私との接点なんて何一つないもの・・・
ただのクラスメイトがいいところよ」
「真理乃さん・・・」
わたしは恋のアドバイスなんて出来ない。
好きな人だっていたことがない。
こんな時どんな言葉をかけて良いのかわからない・・・。
「ねえ、真理乃さん。誰かを好きな気持ちってどんな風なの?」
「・・・あなた恋したことないの?」
「へへ・・・」
「そうね…とりあえず、ドキドキするわ。・・・私だって言葉じゃ表せないわ・・・
とにかく好きなものは好きなのよ・・・。
ある日突然気がつくわ、この人が好きなんだって」
「・・・そっかぁー・・・難しいね」
「簡単よ・・・気づけばね・・・」
「ねえ、真理乃さん。そんな顔しないでよ。
わたし、いつもみたいに元気できびきびした真理乃さんが好きだなっ」
「歌音さん・・・」
「ほら、何だっけ。えーと、そう“笑う門には福来たる”よ!」
「ぷっ。もう、あなたには負けるわ。でも、ありがとう」
「じゃあ、わたし部活に戻るね」
「ええ」
くるりときびすを返して教室を出た。
誰かが誰かを好きってちょっと素敵なことだと思う。
好きな人が自分を好きだって言ってくれるのって奇跡なんだよって海音姉様が言っていた。
奇跡を起こすまでの人はみんな少し輝いて見える。
違う自分でいられるような感じがするって。
わたしもいつか、誰かを好きになる日が来るって姉様が言っていた。
誰かを好きになるのなら、人魚の世界で恋がしたい。
この世界で、人間界で人間を好きになることは・・・・・・・・・。
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