「?」

試験期間中、帰り際に音楽室の前を通ったらピアノの音がした。
試験期間中は部活動はなし。
先生って音楽室で弾くことはないし・・・。もしかして・・・。

そろりとドアのガラス窓から中をのぞき込む。
見慣れたピアノ奏者。
透也君だ。

音が鳴りやんだところでカラリとドアを開けた。

「透也君」
「え?あ、歌音。まだいたんだ?」
「ええ。まえを通ったらピアノの音がしたからつい・・・」
「そっか。まーた立ち聞きされちゃったなー」
「何だかずいぶんと激しい曲なのね」
「今度、夏の発表会で弾く曲でねー。今日は直行でレッスンだから音楽室貸してもらったんだ」
「発表会?」
「通ってる先生のところで夏と冬にやってるやつだから、小さいものだけど」
「へぇ…。ねえ、なんて曲?」
「ブラームスのラプソディー1番」
「らぷそでぃー?」

曲名なのかしら・・・?
ずいぶんと可愛らしい曲名だけど・・・そんな風には聞こえなかった・・・。

「ラプソディーは、狂った詩の曲って書いて狂詩曲って意味。何となくわかる?」
「なんとなくは…。ねえ、1番って事は2番もあるの?」
「ま、ね。2曲しかないけど。個人的には1番の方が好きだけど・・・2番も良い曲。 どっちも難しいのが嫌になるけどさーっ」
「くすっ。ねえ、弾いてくれない?」
「・・・どっちを?」
「どっちも」

にっこりと答える。
だって、せっかくですもの、両方聴いてみたい。
わがままだってわかってるけど・・・透也君のピアノはいつまでも聴いていたくなる。

「はー!?長いって!・・・繰り返し省略していいなら・・・まぁいいけど・・・」
「全然構わないわ。だって、わたし、曲を全部知らないんだもの」
「あー・・・マジで聴きたいの?ブラームスのラプソディー続けて2曲も?」
「ええ。たまには違う感じの曲も聴いてみたいもの!」
「・・・・・・歌音には勝てないなぁ」
「?」

ぽりぽりと透也君がアタマをかいた。

「わーった。わかったから、そこおとなしく座ってろ!」
「はーいっ。ありがとう、透也君」
「・・・・・・」

ぱらりと楽譜を広げて、一呼吸置いて透也君がピアノに向かった。
力強くて、低い音と高い音が印象的で、お世辞にもくつろげる曲じゃないけれど、 とても魅力的な曲だと思う。
2番は1番よりも低くて力強い。少し落ち着いている曲。どちらも魅力的。
人を引きつける要素があるんだと思う。
聴いていて飽きない・・・。

パチパチパチ。
ひとり分の小さな拍手。

「ありがとう、透也君。とっても素敵だった」
「・・・サンキュ。あーでも疲れた!2曲立て続けなんて レッスンでもやったことねーっつの」
「あはは、ごめんなさい。でも、わがままきいてくれてありがとう」
「・・・・・・まぁ・・・いいけど・・・歌音の頼みだし・・・」
「わたし何もお返しできなくてごめんね?」
「ほんっとだよな。よし、じゃ、今度一曲俺と仕上げようか」
「?」
「歌音が歌で、俺が伴奏。もちろんソロ。OK?」
「・・・ええ、わかったわ。透也君の伴奏なんて、素敵ね」
「よーし、じゃ今度選曲してくるから絶対だかんな!」
「はーいっ」

くすりと目を合わせて笑い合った。
約束、ね。
素敵なピアノの伴奏なら、私が歌わなくても良い歌になりそうね。