「へぇ、歌音は星が好きなんだ」
「ええ、とっても綺麗だもの!大好き」

朝、サッカー部の助っ人にまた借り出されている透也君。
だから連斗君と二人で星の話をしていた。
透也君は星のイメージがないけど、連斗君にはよく似合う気がする。
穏やかで、ほのかにキラキラしてて、ほっとする光。
そう、連斗君はお月様みたいな人。透也君は逆に太陽ね。
明るくて、さんさんと輝いてて、元気になれるの。

「天文部に入ればよかったんじゃない?」
「いいの。雫が星に詳しいみたいだし、わたしは歌が好きだから。 歌えない方がさみしいもの」
「そっか・・・。うーん、星の歌と言えば『キラキラ星』だよね」
「キラキラ星?」
「・・・・・・まさかこの超ポピュラーソングを知らない?」
「あ、わ、わたし、小さいときから外国にいたからっ」
「そっか。そう言えばそうだっけね。あまりに日本語が上手いから忘れてたよ。 でも英語でも有名だったと思うけど・・・っていうか世界中で有名・・・」
「あ、あはは・・・そうだっけ?忘れちゃったのかな」

うっ・・・痛いところに話を持っていかれてしまったわっ。
人間界でのあたりまえは、わたしにとってはあたりまえじゃない。
どんなに有名な歌でも私は一音だって知らない。
どんなに素敵な音楽だって一音も耳にしたことがない。
わたしはこの世界の住人じゃないから。
歴史も言葉も美術も、本で確かめられるものならやったんだけれど・・・ 時間の芸術はそうもいかないわね。

「まぁ、あまり聞かなかったのかもね。こんな曲」

スッと連斗君はヴァイオリンを構えるとなめらかに弾きだした。
響き渡る極上の音。
そう、ヴァイオリンはピアノとは違う、優雅な音がするの。
紡ぎ出される、かわいらしいメロディー。
楽しくなっちゃうような・・・なめらかな音。

「やっぱり上手ね!」
「それはどうも。でも、聞いて欲しかったのは曲の方だったんだけどなぁ」
「き、聴いてたわ!ちゃんと」
「そう?まぁ、ヴァイオリンじゃこの程度。ピアノの曲であるんだけど・・・ おれは全部弾けないからなぁ。透也が帰ってきたら弾かせよう」
「ピアノの曲であるの?」
「あるよ。すごーく長いんだけどね」

「なーんの話?」

ガラリと扉が開いて、声が響いた。

「つばきちゃん!」
「あら、お邪魔しちゃったかしら」
「?」
「全然。椿も早いなぁ」
「偶然よ。一本早い電車に乗れただけの話」

軽い足取りでつばきちゃんが入ってきた。
ストレートの髪がゆらりとなびく。
やっぱりつばきちゃんは綺麗だなぁ・・・。

「もうちょっとでコンクールもあるし、頑張らないと。ね、歌音ちゃん」
「え、あ、そうね」
「なによー、やる気ない返事ー」
「初めてだから想像つかなくて・・・」
「確かに、歌音って争いごとには無縁の感じだな」
「ふむ。確かにね」
「それよりも、期末試験の方心配したら?椿」
「え、あ、そっか。もう少しだものね。今週で部活もおしまいだし」
「そっか・・・試験だものね」
「歌音ちゃんは心配いらないわよ。中間試験の時よーっくわかったわ」
「え?」
「ああ、確かに。歌音はペーパー試験はほとんど心配いらなさそうだよな」
「体育以外はよく出来るもんねーっ。あ、でも理系にちょっと弱いのは私と一緒♪」
「た、体育は確かに何も言えないわ・・・」
「人間ダメなとこもあるさ。理系ダメなら、おれ、教えようか?」
「え?」
「おれ、理系だから」

さらりと言いはなった連斗君は、どう見ても文系少年に見える。
とても理系には見えない。
人はみかけによらないのね・・・。

「いつも試験前は透也と勉強するし。よかったらどうぞ」
「あ、ありがとう」
「私は塾があるから大丈夫だけどねー。連斗の理系は信用できるよ」

「そうそう、俺のお墨付き♪」

「透也君!」
「透也」

ひょこっと顔を覗かせて透也君が言った。
ま、またこのパターン・・・?

「俺ってば数学出来ないからねー。歌音もダメ?」
「あ、うん。公式は覚えられるんだけど・・・その先が・・・」
「ふうん。あ、椿。ティーチャーが呼んでたよ」
「ティーチャーって誰よ・・・」
「佐久間ティーチャーに決まってるじゃん。合唱部関係なんじゃん?」
「そう。ありがと」

そう言うと、透也君と入れ替わりで椿ちゃんが出て行った。

「さあ、噂の人物が来たから、弾いてもらおうかな」

カタンと連斗君がピアノのフタを開けた。

「何ー。今度は何弾かせるつもりー?この間は暗譜で『水の(たわむ)れ』弾かせるしー」

そんなことを笑いながら言いつつ、ピアノの前に座った。
文句は言っても、ちゃんと弾いてくれるつもりなんだね。

「モーツァルト作曲『キラキラ星変奏曲』」
「・・・・・・マジで?」
「マジで」
「やだ。あの曲めちゃ長いじゃん」
「いいじゃんか。チャイム鳴るまででいいからさ。歌音が聞いたことないんだって」
「・・・仕方ねーなぁ。チャイムなるまでだからな。ったく、朝から星の曲かよ・・・」

そうぶつぶつ言いながらも、透也君が鍵盤に向かった。
一瞬にして表情が変わる。
そう、舞台に出る時の姉様たちのように・・・。

そして流れ出すメロディー。
キラキラ星のキラキラは、きっと、ピアノのキラキラした音なのね・・・。

スッと連斗君がヴァイオリンを構えた。
え?
いつもの定位置に立つと、透也君がそれに気づいて、ふたりでアイコンタクトを取った。
そして、ピアノのメロディーとヴァイオリンのメロディーが重なる。
時には同じメロディーを、時にはゆったりと一音をのばして、時にはアレンジをして。
ヴァイオリンがピアノに違う色を添えていく。
ピアノとヴァイオリンを弾く男の子。
それだけでも充分に素敵だと思うのに、この二人だと余計に素敵に見える。
両極端に見える二人だけれど、とても息が合っていて、信頼し合ってる。
ふたりで奏でる音楽は本当に素敵で、ため息が出そう。
こんなに素敵な音楽に出会えたのだから、ここに来て良かったと思う。
海では出会えないものにたくさん出会えてとても嬉しい。


「とっても素敵だった!」
「ありがとう、歌音」
「あー長かった!結局全部弾けちゃったし。でも、連斗とこうやって弾くのも久しぶりだな」
「そうだな。即興だったけど」
「本当に素敵だったわ。朝から幸せな気分になっちゃった」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

連斗君と透也君が顔を見合わせた。
そして、くすりと笑う。
え?わたし、おかしなことを言ったかしら?

「いやいや、ごめん。そんなに喜んでくれるとは思わなくて」
「ほーんと。歌音って・・・」
「え、あ、だって、すごく素敵で・・・独り占めなんて贅沢よね」
「くすくす。そんな大したものじゃないって。な、透也」
「そうそう。キラキラ星だし」
「いいわね、ふたりでそうやって演奏できるって。とっても楽しそう」
「じゃあ、今度3人でやろうよ」
「ピアノと歌とヴァイオリンで?」
「そ。文化祭とかでいけそうじゃない?」
「素敵っ。時間があったら是非やりたいわ」
「よーっし。俺らがこれだけ聞かせてるんだから歌音にも歌ってもらわなきゃだよなぁ!」
「そうそう。決まり♪」
「楽しみねっ」

誰かと違う音を奏でて一つの音を作る。
きっと合唱とは違う楽しさがありそうね。
合奏というものには・・・。