「あっつーい!絶対に地球温暖化現象ね!もう、5月だなんて思えないわ!」

5月も末。
綺麗な若葉と綺麗な空がとっても素敵なこのごろ。
でも、地上はとても暑い。考えられないほど、息苦しい。
海の中で育ってきたから、暑さには慣れてないかもね、 って真珠が言ってたけど・・・
人間界の暑さは想像以上だわ。
まだこれから夏が来てもっと暑くなるだなんて信じられない。

「なんで、外で体育なのかしらね」
「仕方ないんじゃない?体育祭を6月最初にやろーっていうんだから」
「秋にすればいいのにねぇ」
「何を今更。秋は文化祭と合唱祭でそんな暇ないじゃない」
「昔はまだ過ごしやすかったってことかな、この時期」
「かもね」

体育の時間。
今日は外でリレー(クラス全員で走り繋ぐ競技らしいわ)の練習。
先週まではそうでもなかった日照りが、今日はまぶしいほど輝いてる。
ああ・・・陸を走るだけで憂鬱なのに・・・。

「歌音、大丈夫?ムリしないでね?」
「ええ、大丈夫。頑張るから」
「ほんとに無理しないでよ?今日は暑いから」
「うん。ありがと」

今日は3クラス合同なんだって。
知らない人たちがたくさん!これで学年の半分ほどなんだから、 全校生徒っていったらすごい数の人がいるのね・・・。

準備体操をして。
かるく走って身体を慣らして、それからリレー。
走る順番は決まっていて、一人校庭のトラック半周。
運動音痴なわたしは足の速い人にはさまれているような順番。
体育では足手まといにしかならないわね・・・わたしって。

「よーい・・・」

パアン!

合図が鳴って3クラスのトップバッターが走り始めた。



「よっ、おつかれ、歌音」
「あ、透也君・・・」

走り終わって、呼吸を整えているところに、先に走り終わっていた透也君が来てくれた。
よ、余裕ね…さすがだわ。

「・・・大丈夫か?」
「え?あ、うん。へーきよ。走るの・・・すごく苦手で・・・疲れただけ」
「・・・そう。ま、無理すんなよ。お、連斗!おっかえりー」
「よう。そっか、もう一回、透也はラストの方だっけか」
「おうよ。スポーツならまかしとけっつーの。二回くらいちょろいぜ」
「はいはい。透也には勝てませんよ」
「嘘つけ。おまえ自分でやらないだけで、できるくせに」
「それはおれの勝手だろ。・・・歌音?大丈夫?顔色悪いけど」
「え?そう、かな?」
「うん」

ちょっと、暑さにくらくらしてるだけよ・・・。
大丈夫・・・人間界に来たんだから、このくらい覚悟の上よ・・・。
しっかりしなくちゃ。

「それにしても、あっついなー。今日30度越えてんじゃん?」
「ひなただしな。予報は26度だったけど」
「ひぇー。まだ5月だぜぇ?夏がおっそろしーっ」
「全くだな」

夏・・・なつ・・・。 そっか・・・夏が一番暑いんだもんね・・・。
やっぱり海出身者にはつらいなぁ・・・この日照り・・・。
水分が足りなくなる感覚。
からだが火照る感覚。
湿気さえもだるくなる。

「ほんとに平気か?歌音。マジで休んだ方がいいんじゃね?」
「そ、そんなことないわ。だいじょう、ぶ」

がくっと足に力が入らなくなった。

「おい、歌音!」

がしっと連斗君がつかまえてくれる。

「ご、めんなさい・・・ちょっと、くらっとして・・・」

どうしよう・・・ぼーっとする。 意識が働かない。

「歌音!大丈夫?」

パタパタと足音がして、真珠の声がした。
真珠・・・。

「歌音?平気?休んだ方が良いね」
「うん・・・」

真珠がわたしの顔をのぞきこんで言った。

「貧血みたい。保健室まで運んだほうがいいかも・・・」

そう、真珠が言ったのだけは聞こえて、意識が遠のいた。











「あ、起きた?よかったー」

みんながわたしのことをのぞき込んでいる。
ゆっくりと身体を起こす。
保健室・・・?

「真珠・・・わたし・・・」
「倒れたの。やっぱり急にこの暑さじゃつらかったよね」
「歌音は特に・・・暑いのに慣れてないものね」
「貧血ってことにしておいたから。はい、これ飲んで」

ずいっと雫がコップを差し出した。

「塩水よ。暑さにめいったときはコレが一番いいの」
「あたしも昔よく飲んだわ。夏は特にね」
「夏はわたしたちには少しツライものね」

みんなが顔を見合わせてくすっと笑った。

「ありがとう」

コップを受け取って、ぐいっと飲む。
あ・・・少し、懐かしい味・・・。

「ところで・・・わたし、どうやってここに?」
「連斗が運んでくれたんだよ」
「連斗君が?」
「そう。お姫様抱っこ。注目の的だったわよ」
「そっか・・・あとでお礼言わなくちゃ」
「そうね。あ、あたし先生のとこ行ってくるね!」

真珠がシャッとカーテンを開けた。

「あ、いいところに。連斗、透也。歌音、目さましたよ」
「ほんと?よかった」

真珠が開けたカーテンの隙間から、連斗君と透也君が顔を出した。

「よ、大丈夫か?」
「あ、うん。心配かけてごめんなさい、透也君」
「それならよかった」
「連斗君。あの、運んでくれてありがとう。ごめんなさい、重かったでしょう?」
「別にそれくらいいいけど・・・。えーと、歌音? 君、体重いくつ?すごーく軽かったんですけど・・・」
「あー、女の子に体重をきくなんて失礼よ、連斗っ」
「そうよねー。女の子にきいちゃだめよー」
「あはは、そうだな。ごめんごめん。あまりにも軽かったからさ」

くすくすとみんなが笑う。
ありがとう・・・そうやってかばってくれてるんだよね・・・わたしのこと。

「ったく、ツライときはちゃんとツライって言えよな。周りが心配すんだろ?」

透也君がむすっと言った。

「歌音、怒らないでやって。コイツ、これでもすっげー心配してたから」

透也君の首に腕を回して、連斗君が言った。

「な、れ、連斗!よけーなことゆーなよっ」
「ホントのことじゃん」
「だ、誰だって目の前で女の子が倒れれば心配するっつーの」
「ハイハイ」
「ごめんなさい。以後気をつけます」
「そうね。ちゃんと言ってよ?わたしたちもいるんだから」
「そうよー、友達だもの。遠慮しないで」
「・・・ありがとうっ」

この世界では、わたしはまだまだ知らないことがたくさんある。
夏の暑さ、陽射しの強さ、人魚が地上で暮らすときの心得だって、そんなに知らない。
この人間界で生きているみんなに頼ってもいいよね・・・。