翌日の放課後。
「かーのんっ。合唱部の見学行くの?」
「ええ」
「あたしも行くー」
真珠が明るく言った。
「・・・真珠も入るの?」
「違う違う。歌音の歌が聴けたらいいなぁって思って。ね、あくあ、雫」
ひょこっとわたしの後ろに真珠が話しかける。
くるっと振り返るとそこには二人が立っていた。
「えへへー。だって歌音って歌が上手いっていうからー。聴いてみたいもん」
「ねーっ」
見に行くだけじゃないの・・・?見学って・・・。人間界の見学は参加することなの?
「あ、つばきちゃーん」
「ん?」
真珠がひとりの女の子に声をかけた。
ストレートの黒髪がつやつやでとても綺麗な子。
「なぁに、真珠ちゃん」
「これから部活?」
「そうよー。あ、歌音ちゃん見に来る?」
つばきちゃんがわたしに問いかけた。
名前と顔は自己紹介の時に一致させてあるけれど・・・。彼女は合唱部なのかしら?
「緒方椿ちゃん。合唱部所属の歌姫なの」
あくあがこそっと教えてくれる。歌姫・・・。
「ね、みんなで行っていい?」
「いいと思うけど・・・。みんな合唱部に入りたいの?」
「違うわよー。歌音のつきそい」
「そう。じゃ、行きましょ」
つばきちゃんがスタスタと歩いていく。
スッキリしたイメージの彼女はいったいどんな歌声の持ち主なんだろう。
海の世界では出会ったことのないタイプのつばきちゃんに、惹かれるものがある。
「あちゃー。だれも来てないわー」
ガラッと“第一音楽室”と札のかかった教室のドアを開けて、つばきちゃんが言った。
「ちょっと早かったみたいね。入って入ってー」
大きなピアノの置かれた教室。ピアノってどんな音のする楽器なんだろう。
コレがピアノだとは知っているけれど、音を聞いたことはない。
わくわくしてきちゃう。どんな音なんだろう。どんな音楽を奏でるんだろう
。 人間界の歌ってどんなものなんだろう。
「つばきちゃん、一曲歌ってよ」
雫がさらりと言った。
「・・・・・・引き語りになっちゃうけど・・・いい?雫ちゃん」
「もちろん」
「これでピアノ、聞けるわよ」
こそっと雫が言った。
カタンとピアノのフタを開けるつばきちゃん。
もしかして、わたしに音を聞かせてくれるために雫・・・。
つばきちゃんがピアノを弾き始める。
綺麗な澄んだ音が奏でられる。ポロポロとした音。とても・・・綺麗。
そして、つばきちゃんが歌い始める。
しっとりと落ち着いた歌声。
決して高くはないけれど、安心する音程。
素敵な音楽。
「こんな感じっ」
ポロンっと最後の音を弾き終わって、つばきちゃんが言った。
「すごく素敵!」
「ありがとう。歌音ちゃん今の歌知ってる?」
「いえ、・・・でも今聴いたから覚えたわ」
「・・・・・・え?」
え?わ、わたし、何か変なこと言った・・・かしら?
ああ、そっか・・・人間はそんなに記憶力の良い生き物じゃないんだっけ・・・。
人魚は記憶力が良いから・・・忘れてたわ。
それに、わたしたち姉妹は歌を覚える行為に慣れていたから・・・。
「お、覚えたの?歌音」
「ええ・・・」
「えーと、じゃあ、歌える?」
「きっとね」
「じゃあ、歌ってみて、歌音ちゃん」
そう言って、つばきちゃんがピアノを弾き始める。
歌っていいの?
久しぶりの音楽の感覚に嬉しくなる。
わたしの唯一のとりえが歌だから。運動はできないけれど、歌は歌えるわ。
「・・・ちょ・・・歌音・・・」
「え?」
歌い終わって、みんなのことを見ると、あっけにとられている。
あれ・・・?わたし何か間違った・・・?
言葉違った?音程間違ったかな?それとも人魚の歌声は地上じゃ聞けない?
「本当に一回で覚えちゃうなんて・・・」
「それにすごい・・・良い声・・・」
「天使の歌声ってこーゆーことかなぁ・・・」
ガタン!
扉が勢いよく開いて、先生らしき人物が入ってきた。
背の高い、すらっとした女性。
つかつかとつばきちゃんの前までやってきた。
「緒方さん、今の誰が歌っていたの?」
「えと・・・彼女、水城歌音さんです。編入生で・・・」
つばきちゃんがわたしのことを示す。
え、え、え?もしかして必要な時間以外は歌ってはいけないとか?
部員以外立ち入り禁止とか?
な、なんだかこの先生・・・すごく厳しそうなんだけどっ・・・。
「水城さんっ」
「は、はいっ」
「合唱部に入らない!?」
「え?」
思いもしない勧誘の言葉に拍子抜けする。
「とっても素敵な歌声だったわ!是非是非、合唱部にきてちょうだい!」
「え、あ、は、はい・・・」
先生の剣幕に押されて思わず返事をしてしまった。
わ、わたし、合唱部がどんなことしてるのかも知らないのに・・・。
「とりあえず、今日は見学していって!」
「はい・・・」
「やる気が出てきたわーっ!準備するわよっ」
そう言うと、先生はまたつかつかと出て行った。
な、な、何事・・・?
「今のが合唱部顧問の佐久間先生。厳しいけど良い先生なんだよ」
「そうなんだ・・・」
「で、本当に入ってくれるの?」
「が、合唱部って歌を歌うところなのよね?」
「もちろんよ。みんなでひとつの歌を作り上げるの。
うちは女声合唱よ。部員もそこそこ人数いるし、楽しいと思うわ!
私も歌音ちゃんが来てくれたら嬉しい」
「・・・ありがとう。考えてみる」
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