はらはらと桜の花が散っている。
青空に桜の花がよく映えて、風もとても気持ちがいい。

人間界に来て約3週間ちょっと。
たくさんの人間界で暮らすための基礎基本を教わって、 さんごさんの使っていたという教科書や分厚い辞書を片っ端から読んでいった。辞書はお気に入り。 たくさん知りたいことが書いてあるから。知らないことがたくさん書いてあるから。
わたしは真珠たちと同じ学校に行くことになっている。
そのためには、真珠達と同じだけの知識や常識がなければやっていけないから。
勉強はもちろん、読み書きだって出来なきゃいけない。 ある程度のことは海の世界で習ってきたけれど、やっぱり実際とは違うから。
ここでの生活にも慣れてきたしね。



トントントン。
階段を下りてリビングに向かう朝。
今日は『始業式』なんだって。学校が始まる日。
制服を身につけて、指定のカバンを持って、きちんと身支度をしてから、 リビングに降りていくのがこの家での決まりみたいなものなんだって。

「おはようございます!」
「あ、歌音おはよ〜」
「おはよう、歌音ちゃん。あら、制服似合うじゃない!」
「ほんと、かーわいー!良く似合うよー」
「そ、そう・・・かな?」
「うん!バッチリ!ささ、ゴハン食べて行こう!今日は途中でみんなと待ち合わせてるんだから」
「あ、はいっ」

この世界でだれもがひとつは持っていると言われる“携帯電話”。
わたしも連絡手段に持つべきだと言われて、ひとつ買ったけれど、 これがものすごくびっくりするようなものなの!
電話ってものがスゴイってことは知っていたけど、 まさか遠く離れた人と会話が出来るなんて思わなかったし 、メールとかいう機能で手紙みたいに文章が送れるなんて!
おまけに写真とかも取れるし、最近は買い物もできる機能までついてるんだって知って唖然とした。
海の世界ではこんなもの存在しない。
話したければ会うしかないし、手紙だってすぐに返事が返ってくるなんてあり得ないわ。 使い慣れなさいって真珠は言うけれど・・・なかなか大変。
人間界の子たちは携帯電話を楽々と操って、自由に連絡を取り合ってるんだって。 こんなものがあれば海の世界も楽だろうけれど・・・会って話すほうが素敵だと思うわ。


真珠と一緒に家を出て、みんなとの待ち合わせに向かった。
待ち合わせといっても通学路の途中なんだって。

「あ、おっはよー!あくあ、雫ー」

真珠が元気よく言った。前方にはあくあと雫が立っていた。
ふたりとも制服がよく似合ってる。
不思議ね。同じ服を着ているはずなのに、違って見えるんだから。

「おはようございます、あくあ、雫」
「おはようー、真珠、歌音」
「おはよう。わぁ、歌音、制服似合うわね!」
「変じゃない?」
「ぜんっぜん!大丈夫よ。ミニスカート似合うのっていいよね〜」
「そ、そうかしら?」
「うん。まぁ、うちの学校はスカート丈自由だからバラバラだけど・・・」
「歌音の場合、脚の長さとウエストの細さが釣り合わないのがいけないのよ 。これでもほとんどスカート丈直してないんだから」
「似合うなら問題なしでしょ」

スカート丈って・・・そんなに重要なポイントなのかしら・・・?

「さ、学校行ってクラス分け表示見ましょ」
「どうせ一緒だろうけどねー」

くすくす笑いながら歩いていく。
散っていく桜が綺麗に迎えてくれる季節。
この世界もとても美しいと思った。


始業式があって、ホームルームという授業が入る。
わたしたちは全員一緒で2年B組になった。
転入生という理由もあってか、じっと見られたりする。
ただでさえ、この学校という環境にドギマギしているのに・・・。 きっと真珠達がいてくれなかったら、今頃逃げ出してる・・・。
しかも、ホームルームの時間には自己紹介が定番のお決まりらしいの。
ひとりひとり、前に出て名前や部活などを言っていく。
ど、どうしよう・・・。
挨拶なんて慣れっこよ。仮にも王女ですもの。
でも、この世界の常識なんて知らないわ。
幸いにも名前順で最後の方だったから助かったわ・・・。

「えと、転入してきました、水城歌音です。 部活とかはまだよくわからないんですけど・・・歌うのが好きなので、 そんなものがあればいいなと思います。よろしくお願いしますっ」

たったのこれだけ。 これだけなのに、ドキドキした・・・。
大勢の人の前に出て歌ってきたのに。挨拶だって式典だって慣れっこだったのに・・・。
やっぱり姉様方に甘えてたのかしら・・・。いつだって姉様方が助けてくれたから。
それとも“人間”に囲まれているからかしら・・・?
淡々としたわたしの自己紹介を真珠がカバーしてくれた。

「水城真珠です!あ、さっきの歌音はあたしの親戚の子です。 外国とかにいたんで、知らないこととか多いですけど、カバーしてやってくださいねー。 えー、あたしは、帰宅部です。うちの水族館で手伝いとかしてるんで、 よければどうぞ。歌音と混じっちゃうんで、ふたりとも名前の方で呼んで下さいね」

真珠ってどこかしら、波音姉様を思い出させるの。
ハキハキした口調、てきぱきした行動、ちょっぴり笑わせる要素のあるコメント。
いつも明るい笑顔なのも似てる。


「歌音、部活入るの?」

帰り際、みんなと部活の話になる。

「えーと・・・どんなものがあるのかもわからないから…」
「歌だったら合唱部とか!」
「音楽部もあるけどー、あそこって単独行動だよね」
「軽音部はジャンル違いだろうし・・・」

合唱部と音楽部はなんとなくわかるけど、軽音部ってなにかしら?
音楽にも色々あるのね・・・。

「勉強になるのは合唱部だと思うよ」
「そうだねー。たくさんの人と関われるから色々知れるわよね」
「そっか・・・。真珠は帰宅部なんでしょう?あくあと雫は?」
「ん?私はねー天文部!といっても夏に入ったばかりなんだけどね」
「わたしは料理部よ。まぁ、お菓子ばっかりだけど」
「てんもんって何?雫」
「星のことよ。素敵でしょ」

星を見る部活ということかしら・・・。
色々とあるのね・・・。部活って学校のあとの時間にやる活動だって聞いたけど、 こんなにたくさんの種類があるとは思わなかったわ。

「明日見学に行くといいんじゃない?ね、歌音」
「そうね。ちょっと楽しみだわっ」