「・・・のん、歌音、起きて」
「・・・・・・」
そろりと瞳を開けると、真っ白の天井と真珠の声。
あ・・・そっか・・・人間界にいるんだよね・・・。
「おっはよ、歌音。朝だよー」
「・・・おはよう、真珠」
真珠が笑顔でわたしに言った。
のっそりと起きあがる。なんだかまだ夢の中みたいな気分。
シャッと真珠がカーテンを開ける。
まぶしい日差しが入ってきて、海じゃないんだと改めて認識する。
「着替え持ってきたの。サイズ・・・たぶん大丈夫だと思うけど・・・。着替え、手伝うわ」
「ありがとう」
人間ってたくさんのモノを身につけていて大変ね。
真珠に手伝ってもらって、不自由な足を動かしつつ着替えをすませた。
「よし!春樹ー、よろしくっ」
扉の向こうへ真珠が呼びかけて、ガチャリと扉を開けて春樹が登場した。
「おはよう、歌音」
「おはようございます」
「別にオレにまで敬語使わなくていいよ」
「あ、はい」
ひょいっと春樹がわたしを抱き上げる。
「すみません」
「いいって。これくらいわかってたし。でなきゃオレいても仕方ないし」
「そうそう、男手は力仕事のためっ。
女の子じゃ女の子を抱き上げるなんてそーそーできないもの」
春樹に運ばれながら、部屋を出る。
「真珠もこれくらい軽ければいいのにな」
「失礼ねっ。重い方じゃないわよっ」
「歌音ほど軽くはないだろう?軽かったらやってやるけどなー」
「べつにっいいわよっ。あたしはお姫様抱っこされるキャラじゃないしっ」
「ふうん。女の子なら一度は憧れるって聞いたけど」
ふたりが楽しそうに話す。
怒っているようで怒ってない。からかってるようで気にかけてる。
ふたりとも、とても嬉しそう。
「・・・あの・・・」
「なに?歌音」
「ふたりは恋人同士なの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
わたしの一言に真珠も春樹も動きが止まった。
あれ?違った…かなぁ?
「ふっ。やっぱバレるー?」
「隠してるわけじゃないじゃないか」
くすくす笑いながら答えてくれた。
「なんとなく、よ」
「ま、ね。みんな知ってる事だし・・・」
「素敵ねっ。ふたり、とってもお似合いだと思うわ」
「・・・ありがとう」
ガチャリ。
真珠が扉を開けて部屋に入る。
そこは大きな部屋。えーと・・・リビングダイニング・・・だったかな。
「おはよー、歌音!」
「おはよう」
「おはよう歌音ちゃん」
リビングに集まっていたみんながわたしに挨拶をくれた。
「おはようございます」
ゆっくりと春樹がわたしのことをイスにおろしてくれた。
用意された朝食。人間界で初めて目にする人間界の食べ物。
「よし、全員そろったわね!じゃ、食べましょう」
「いただきます」
真珠のお母様の一声で食事が開始された。
初めて口にするものたちは、なんだか怖くて、でも食べてみると、とてもおいしい。
人間界にはおいしい食べ物がたくさんあるって聞いていたけど、本当みたいね。
「歌音ちゃん」
「あ、はい」
「歌音ちゃんは、食べちゃいけないものとかあるのかしら?
聞いておかないと出しちゃうかもしれないから。
今朝はわからないから洋食にしてみたんだけど・・・」
「・・・あの・・・魚は・・・やっぱり・・・」
「そう・・・」
「あ、でも、確か、カタチがないくらい加工されたものなら、大丈夫だと思います」
「・・・鰹節とかダシとか・・・かな」
「よく、わからないんですけど・・・」
「人魚は魚を食べちゃいけないって言われてるのかい?」
お父様が言う。
「いえ・・・特にそういうわけではありません。けれど・・・」
「?」
「わたしたち人魚は魚や海に住むモノと会話が出来ます。
彼らは大切な仲間で、友達なんです。
海の世界にいても、彼らを食べてしまう行為はわたしたちはしません」
「へぇ・・・」
「自分と会話ができるモノを・・・食べようとは思えないでしょう?」
「・・・そうだね・・・」
「確かに・・・」
「あ、でも、みなさんはどうぞ、お気になさらずに。
人間が魚を捕って食べることは承知の上で来ています。
たくさんの魚が売られていることも知っています。
人間が生きるために魚を食べるのですから、仕方ありませんし・・・それが自然界の掟ですから」
「・・・ありがとう」
人間は海の生き物を捕って食べる。
それは仕方がないこと。
人間が必要以上に魚を捕っていても、それをわたしたちは止められない。
生きるために、何かの命を奪うことは日常で行われていることだから。
全ての生きているものが、何の命も奪わずに生きていけるなんてことはないのだから。
ここは人間界。海の世界じゃない。
この世界にはこの世界の掟があって、わたしたちが口を出して良いことではないのだから・・・。
「じゃ、あたしと一緒だね」
「え?」
真珠が明るく言った。なにが、一緒?
「あたしも海のみんなと話ができるの。それで、やっぱり同じ理由で食べられないの」
「・・・真珠・・・って混血よね?」
「そうよ。純粋な人魚じゃないわ。でも、何故か、ね」
「普通は純粋な人魚でないと会話できないんだけど・・・不思議ね。そういうこともあるのね」
「えへへ。さあ!ちゃっちゃと食べちゃって、歌音の歩行訓練するわよ!」
「あ、はいっ」
「そうね、早く歩けるようにならないとなーんにもできないもの」
「特訓ね」
くすくすとみんなが笑いながら言った。
歩く。
その行為に憧れたことはなかったけれど、楽しみだわ。
みんなの足を引っ張らないためにも頑張らなくちゃ!
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