「ここが歌音の部屋よ」
真珠の家に着いて、案内された部屋。そこは広々としている。
「あたしのお姉ちゃん、さんごちゃんの部屋だったんだけど、
さんごちゃん結婚して出ていったから歌音用にしたの」
「ありがとうございますっ」
ぽすんっとベッドの中央におろされた。すっかり体は乾いているから安心ね。
ここが、わたしの部屋。
シンプルでそれでいて可愛い。 でも、まだモノと名前が一致しなかったりして大変。
やっぱり覚えるだけではわからないことがたくさんあるのね。
「・・・何がなんだかわかんなくなっちゃう」
「くすっ。いいよ。当分はつきっきりで人間界を教えるんだから。ということで、
今日はみんなで寝よう」
真珠が自信満々に言った。
「へ?」
「布団敷けば大丈夫でしょ。4人くらい雑魚寝でいけるわ。あ、もちろん春樹は別よ」
「わーってるよ」
「・・・それもそうね。いっぱい話聞きたいし、何かあったとき便利だしね」
「ざこね?」
「大勢の人が雑然と入り交じって寝ることよ。4人だけど・・・」
「そうと決まれば準備しましょ」
ここで寝ることが決まったらしく、みんながばたばたと用意し始めた。
床には布団がぼんぼんっと敷き詰められて、みんな着替えて戻ってきた。
そんな様子をわたしはただただ眺めていることしかできなかった。
「歌音も着替えなきゃね。髪もきちんと乾かさないと風邪ひくわ」
海音姉様みたいなことを言ったのは海輝。
「あたしのパジャマで大丈夫かなぁ?たぶんサイズ合うと思うけど・・・」
ぽんぽん用意されて、着替えを手伝っていただいて、なんだか赤ちゃんみたい。
海輝がなにか機械を持ってきたのにはびっくり。わたしの髪を乾かす機械らしいけれど・・・。
「へぇ・・・すごぉい。あったかい空気が出てくるー」
「ドライヤーっていうのよ。これで髪を乾かすの。濡れたままだと動きづらいし冷たいしね」
「そうなんですか・・・」
「歌音、髪長いねぇ。重そう」
そう床の上の布団の中から言ったのは一番髪の短い真珠。
わたしの髪は腰よりはるかに長い。
海の中ではそんなに髪の重さなんて気にしたこともなかった。
動きづらいことは多少あったけれど・・・。
「・・・重い・・・・・・確かに、海の中にいるときよりは重いかもしれませんね」
「立ったときどれだけ長いかわからないけど・・・少し切った方がいいかもしれないわね。
生活する上でも、重さ的にも。わたしみたいにシャギー入れると軽くなるよ」
れ、れいやー?しゃぎー?専門用語が飛んできて理解不能になる。
きっと・・・あくあみたいな髪のことを言うのね。
「よっし、できた。さ、布団に入って。・・・入れる?歌音」
「あ、はい」
もぞもぞとなれない人間の体をあやつって布団の中に入った。
ふわふわであたたかくて不思議な感覚。
「そういえば、あたしたちの名前と顔、おぼえられた?」
「はい。大丈夫です」
「ちょっとしか自己紹介してないのに?」
「たいていの人魚は記憶力がとってもいいんですよ。計算に弱かったりするんですけれど」
「へぇ・・・!あ、ねえ、歌音。その敬語やめない?」
「・・・でも・・・」
「いいじゃない。友達同士はそんなよそよそしい言葉使わないんだから」
「・・・はい」
「だから、その“はい”が・・・」
「・・・あはは。そっか。気をつけますっ。でも、半分はこれが普通で・・・」
「やっぱお姫様だしねー」
「それもそーだっ」
くすくすと笑いあう。王宮では敬語が普通になる。 普通の学校に通うけれど、
やはりそのクセは直らないの。これでも多少軽くなったのよー。
「歌音は年齢、いくつ?」
「16です」
「今16ってことは私たちと同学年ね」
「ほんとだ」
「あのー・・・今って季節とか・・・なんですか?」
気になっていたことを聞いてみた。 人間界には、ここには四季があると。
四季によって気温や風景が変わってくるのだと。
「今は春。3月20日よ。学校は春休み中なの」
「春・・・というと桜が見れたりする?」
「そう。もうちょっとで咲くと思うわ。でも、桜を見るためには歩けるようにならなくちゃね」
「でも、わたし、桜って綺麗だって聞いてたから楽しみだったの!」
「学校は4月から始まるの。歌音の年齢でいくと、高校2年生。雫とあくあと真珠と同じ学年よ」
「海輝は?」
「私は大学生なの。19歳よ。大学では歌を勉強してるの」
「わあっ」
「今度一緒に歌いましょ」
「はいっ」
海輝は歌をやってるんだ!なんだかますます海音姉様みたいだわ。
「同じ学校に通うことになってるから、心配いらないしね」
「え、あ、でも、試験とかしないといけないんじゃ・・・」
「だーいじょうぶ。きっとクラスも同じよ」
雫が得意げに言う。
「どうして?まだクラス発表されてないじゃない」
「だって、うちの高校の理事長、私のおじいさまだもの」
「・・・そっか!雫のおじいさんだっけ!じゃあOKね」
「あのあの・・・」
「大丈夫よ。まぁ、ある程度勉強しておかないと大変になるけどね」
「さんごちゃんの教科書があるから、それで勉強できるわよ」
「よかった・・・。ちょっと心配だったんです」
「ふふっ。新学期が楽しみー」
「さーてと。そろそろ寝ましょうよ。朝になってからでも話はできるし。
歩く練習しなきゃいけないものね」
「はーい」
そうやって、みんなをまとめてる姿がやっぱり海音姉様に重なる。
年齢も近いけれど・・・見た目は全然違うわね・・・。
ぱちんっと明かりが消されて、暗くなる。
・・・ここは人間界。
海の上の世界。
あっという間にたくさんのことがあった気がする・・・。
明日から、人間の姿での生活が始まる。
今までとは何もかも違う生活が・・・。
家族に会えないのは寂しいけれど、こうして素敵な友達もできた。
だから、きっと・・・大丈夫よね・・・。
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