「かのーーん!歌音歌音歌音っ!」
歌会
の準備を姉妹そろってしているとき、 突然わたしの名前を連呼しながら友人の
沙羅がやってきた。
その慌ただしい様子に姉様たちもぽかんとしている。
い、いったい何…?
「い、いたいた!こんなところにいたー!」
「えーと・・・沙羅?大丈夫?」
こんなところ、と言われても、歴とした控えの間なんですけれど・・・。
「だいじょぶ・・・。うん。よし」
「で、沙羅さんはココへ何をしにきたの?」
上がった息を整えた沙羅を見て、海音姉様が言った。
「歌音のこと、ずいぶんと呼んでたよね」
うんうんと顔を見合わせながら波音姉様
と紫音姉様が言う。
普段、ここに一般の人が入ってくることなどあり得ないのだから。
「あ、はい。歌音、コレ」
ずいっと沙羅がきゅっと丸められた紙を一枚差し出した。
わたし・・・課題か何か忘れてましたっけ?
「?課題のことか何か?」
「ちっがーう!人間界留学の最終審査の結果よ!結果!
今日来てたんだけど、歌音は歌会の日は学校休みじゃない。
だから、ちょうど来る予定だったし、私が預かってきたのよ!歌音に渡しますってね」
びしびしと沙羅がすごい剣幕でわたしに言った。
「・・・あ、ありがと・・・」
沙羅の剣幕に押されながら、紙を受け取る。
「じゃあ、確かに渡したわよ!私、客席で見てるからね〜。あ、みなさま、失礼いたしました」
ぺこりと姉様方に挨拶して、結果も聞かずに一仕事終えたという顔で出て行った。
「・・・・・・慌ただしい子ねぇ・・・」
「歌音とは正反対だ」
「姉様!早く結果見ようよ」
「早くしないと始まっちゃうよ」
ぱたぱたと沙羅の様子にあっけにとられている姉4人に
萌音と
愛音が言った。
いけないいけない。時間がたっぷりあるわけではなかったわね。
「え、あ、そうね。うん」
くるくるっと丸めてあった紙を広げた。
結果がどうであれ、半分近く受かってないだろうなぁ・・・なんて心境。
「・・・・・・」
ずいずいっと横から姉様、萌音、愛音がのぞき込んできた。
「・・・・・・ほーら言ったじゃない!」
「あーあー、これからどうしようー」
「よかったわね、歌音」
「えー!姉様行っちゃうのー!?」
「これで最後ー?」
「・・・あはは、まさか通っちゃうとは思わなかったなぁ」
そこに書いてあった文字は、許可するということだった。
うーん・・・まさか通ってしまうとは・・・。
「ふむ。もう出発の日時まで決められてるのね」
海音姉様がわたしより真剣に紙を見つめて言った。
そ、そうなの?あわてて文字をたどる。
「・・・てか早すぎなんじゃない?この日にち」
「父様はご存じなのかしら」
「父様も最終審査をするひとりですから、ご存じだと思いますよ」
「もー、歌音ってば感動薄すぎ!」
「じゃあ、今日が最後の歌会ですね」
「帰ってくるよね?姉様、帰ってくるんだよね?」
「もちろん。帰ってくるわ」
「じゃあ、ホントに最後じゃないよねっ」
「そうね。心配しなくてもちゃんと戻ってくるから大丈夫よ」
「よかったぁ」
姉妹そろっての歌会。 今はこんな紙切れ一つに惑わされている場合じゃないわ。
わたしと歌うことを楽しみにしていた萌音と愛音のためにもね。
「さてと!さあ、そろそろ準備しましょ。歌音のことはおいておいて、今日は今日で楽しくね」
「萌音と愛音の初舞台だしね」
「そうそう。初めて姉妹そろっての歌会だものね」
海音姉様を先頭に、ちゃっちゃと準備をすませてしまう。
歌会用の衣装に、髪飾りと真珠たち。
人魚が着飾る部分は限られている。その点、人間って忙しそうよね。
王宮主催の“人魚姫の歌会”は父様の一言から開演する。
父様は全然王様らしくなくて、ユーモアたっぷり。でも、厳しいところは厳しいの。
「ようこそ“人魚姫の歌会”へ。チケットを手に入れるのは大変だったかな?
今回は皆に残念な話がある。私の4番目の娘である歌音が人間界留学に行くことになった」
こ、こんなところで発表してしまうの!?
スタンバイしていた位置から父様の言葉を聞いてびっくりした。
今日わたしのところにも通知が来たのに、それを発表してしまうだなんて・・・。
父様の言葉にざわざわと開場がどよめいているのが聞こえた。
「今回の歌会を最後に、しばらく皆に歌声を届けられなくなる。
残念だか、歌音のことを見守ってほしい。
そして、今回から5番目と6番目の娘、萌音と愛音を皆にお目にかけます。
姉妹そろっての歌会となる貴重な今日に来られた皆は幸運かな?存分に楽しんでいってください」
かすかに拍手が聞こえて、照明が落とされた。
さあ、歌会の始まりね!
プロローグはロマンティックに素敵に、という母様の意見で構成されているの。
ざわざわと少し話し声の聞こえる客席に構うことなく、 音楽が流れ始めて、姉様方が舞台に泳ぎ出る。
そして届けられる歌声。
姉様方の歌声は落ち着いていて、安心して聴ける。
客席も音楽と同時にしんと静まりかえって、響く音は姉様方の歌声だけとなった。
このさあっと変わる雰囲気がわたしはとても好き。
1フレーズ終わると、両サイドから萌音と愛音が登場する。
まだ幼いけれど愛らしくてかわいい歌声。
双子なだけあって、萌音と愛音の声はとてもよく似ている。
かわいらしい姿と歌声にきっと客席は喜んでいるだろうなぁ・・・。
さぁ、もう1フレーズ終わったらわたしの出番ね。
はじめての姉妹そろっての歌会、わたしで失敗させるわけにはいかないわね。
今日を最後に、姉様たちと歌えなくなる。 萌音と愛音と歌うことも出来なくなる。
人間界留学に行くということは、海の世界での素敵なこと、海の世界での生活を、
すべてを犠牲にしなくてはいけないということ。
ふと、今、この瞬間に気がついてしまって、寂しくなった。
・・・でも、永遠に歌えなくなったわけではないものね。また歌える日が来るわ。
だから、今、この時を楽しまなくちゃ損よね。
きゅっと唇をかみしめて、一呼吸置いてから、すいっと上へ上へと向かっていく。
私は下から登場することになっているの。
そして、歌とともに姉妹と合流するの。
奏でられる音楽。
響き渡るハーモニー。
お客さんの反応がどうこうじゃない。
わたしは、今、ここにいて歌えることがなによりも嬉しい。
姉様たちと、萌音と愛音と歌えることが嬉しくてたまらないの。
わたしの歌を、わたしの声を好きだと言ってくれる方たちがいる。それはとても嬉しい。
でも、だから舞台で歌うんじゃないの。 わたしはここで歌うのが好きだからここにいるのよ。
だから・・・すこし・・・さみしいな・・・。
歌会が終わった後は自由にわたしたちと話せるため、わっとみんなが押しかける。
今回初登場の萌音と愛音のところにもたくさんの方が来ていた。
みんな、この事態を知っているためか、一言述べて帰る方が大半なのには助かるけれど・・・。
「歌音」
「湊!来てたの?」
「ああ」
ひとしきり対応を終えてたところに、小さいな頃からの友人、湊が声をかけてきた。
「人間界留学の申請、通ったんだな」
「ええ。そうなの。びっくりしたわ。今日きたから・・・」
「おめでとう」
「・・・ありがとう」
「歌、すごくよかった。また上手くなったんじゃないか?」
「そうかしら。きっと姉様たちがお上手だからそう聞こえるのよ。今日は萌音と愛音もいたし・・・」
「そんなことないって。歌音の歌、聴きたさに来てるヤツもいたりするんだよ?
でも、これでしばらく聴けなくなるのか・・・残念だな」
「・・・でも、姉様たちがいるわ。わたしがいなくても大丈夫」
「出発は?」
「・・・一週間後・・・だったりして・・・」
「マジ?そっかー・・・急・・・なんだなぁ・・・」
「色々指導とかあるらしいから…会えなくなるね」
「・・・・・・そっか・・・しばらく歌音にも会えなくなるんだよな・・・」
「ん・・・」
「・・・・・・帰って、くるよな?」
「もちろん」
「・・・待ってるから。ここで、・・・海で待ってるから。帰ってこいよ」
「・・・はい」
また、わたしの歌が聴きたいって言ってくる方々がいる。
ここはわたしの『大好き』がたくさんある場所。
きっと・・・帰ってくるわ・・・。
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