***エピローグ


「ねえ歌音。歌音たちはどこに住むの?」
「え?」

翌日、まだ城内は結婚式典の片付けやらなにやらでバタバタしている中、帰る前にせめて・・・と真珠たちとのお茶会を設けた。
わたしと真珠と雫とあくあ。
4人だけのお茶会。

「このままお城に?」
「もちろん、そうよ。わたしは城外には住めないわ。城内にはね、 いくつも家族のために分けられたエリアがあって、代々そこを順番に使ってるのよ」
「別邸があるって感じか」
「んー・・・離れがあるって感じね。小さい頃は父様たちと一緒にそのエリアに住めるのよ」
「へえ!個室を貰うまでは同居する、みたいな感じなんだ」
「そうね。わたしたちはまだ片付けが出来てないから引っ越してないんだけれど・・・」
「なるほどねー。でも、歌音は姉妹も多いし、みんな結婚したら賑やかになりそうね」
「本当に」

みんながくすくすと笑った。
人間界では結婚したら二人で住む・・・というのが一般的だものね。
わたしたちは6人姉妹だから、確かに全員が結婚したら賑やかになりそうだわ。

「それにしても、こっちの結婚式、結構取り入れてくれてたんだね」
「形式は色々違うけど、良かったよ」
「ありがとう。母様も気に入ってたのよ、あの流れ。でも・・・」
「でも?」
「誓いのキスっていうのは、結構衝撃だったみたい。人前でわざわざ見せるものではなかったから」
「こっちじゃ普通だけどねー・・・あ、でも、恥ずかしい人はおでことかにすることもあるんだって」
「そうなの・・・!でも、父様が『くちづけを』って言っちゃったから」
「それじゃ誤魔化せないわね。でも、ほんと、ありがと」
「どうしてお礼を言うの?雫」
「なんていうか・・・人間界の文化の良いところを取り入れようとしてくれてるの、嬉しかったの」
「確かに。なんていうか・・・認められた感じがしていいよね」
「うん。それに、歌音だから、こうやってみんなに見て貰えるんだよね。ありがとう」

みんながにっこりと笑って言った。
そんな、お礼を言われるような事ではないのに・・・!

「・・・いえ、わたしが勝手にやっていることだから。それにね、 王女である立場を利用出来るなら利用するべきだと思うのよ。 人間界留学に行って帰ってくる人魚は少ないし、人間界の文化をこうして広められる立場にある人魚が陸に行く事も稀だもの」
「・・・ぶっちゃけ、いまさらなんだけど、聞いてもいい?」
「なにかしら?」
「人間界留学に行って、帰ってきたのってどれくらいなの?」
「・・・・・・今回の留学者は全部で16人。男女比は半分ずつくらいよ。帰ってきたのは・・・・・・わたしを含め、5人と聞いているわ」
「半分、以下・・・」
「そんなに少ないんだ・・・」

人間界留学へ送り出す時期はずらされているため、わたしも合格者の顔や名前は知らない。
全て知っているのは審査をしていた極少数の委員会と父様だけ。
年齢は10代後半から30代前半までと幅広かったと聞いてる。
主に帰ってくるのは年齢の高い人魚で、若い人魚ほど海に戻ってくる可能性が低くなる。
それを承知の上で、父様たちも審査していると、あとから聞かされた。
わたしのように、16歳前後で海の上へ行けば、ほぼ8割は戻って来ないだろう、とも。
父様は、それを知っていても、わたしを送り出してくれた。
今はそのことに感謝してる。

「・・・わからなくもないわ。人間界は海で伝え聞いていたよりも、ずっとずっと素敵だったもの」
「歌音・・・」
「それにね、わたしだって・・・王女という立場じゃなかったら、わからなかったわ。 王女じゃないわたしは、わたしじゃない。だから、もし・・・なんて考えても答えはでないけど・・・」
「好きになった人が、好きになってくれて・・・人魚でもいいって言ってくれたら・・・迷うよね」
「・・・そう、だね・・・それは、私たちもそうだったし・・・・・・」
「うん・・・それは、わかるな」
「・・・だから、帰ってこなかった彼らを責めたりはしないわ。それに、そんな彼らの子孫があなたたちだものね」
「あ!」
「そっかあ・・・!」

人間界に身を置くことにした人魚の子孫。
それが、真珠たちのような「血を継ぐ者」。
たとえ、海に生きることを捨てても、わたしたちが人間になれる事はない。
混血の人魚は、きっと、わたしたちが思っているよりも多いわ。

「この話はここでおしまい!ねえ、みんなが結婚式をするときは、是非呼んでね」

わたしがそう言うと、みんなが一瞬ぴたりと動きを止めた。
あら・・・?言っちゃいけないことだったかしら・・・?

「そ、そうだね。もちろん」
「その時は歌ってよね」
「その時がきたら、ね」

・・・みんな、ずっとおつきあいしてる人がいるのに・・・なぜそんなにギクシャクしてるのかしら。
雫も、あくあも、真珠も、わたしと湊より長いはずよ・・・?
でも、そうね。
きっとこういうことにはタイミングがあるんだわ。
深くつっこまないでおきましょう。

「連斗君と透也君にも言っておいてね」
「りょーかい。ま、透也はだいぶ先になりそうよねー」
「確かに。連斗と美菜穂が先でしょうね」
「いや、逆に電撃結婚とかもありえるかもしれないよ」
「くすくす。みんなの幸せを海の底から祈ってるわ」
「ありがとう」

その時、コンコンっと軽く扉がノックされた音が響いた。

「どうぞ」

と返事をすると、ひょこっと顔を出したのは湊だった。

「ご歓談中失礼。みんな、そろそろ時間だよ」
「あら・・・もうお見送りの時間なのね・・・」
「そっか・・・残念」
「湊、お迎えありがとーっ」
「俺も地上まで送るよ」

地上への出発の時間を知らせに来てくれた湊がにこっと笑ってわたしの隣へと泳いできた。
昨日とは違って、いつもの着飾っていない湊。

「じゃあ、行きましょう。母様たちも出発する前には会いたいって言っていたから」
「そんな盛大に見送ってくれなくても良いのに」
「なんか照れちゃうよね」
「海からしたら賓客だからしかたないわよ。その辺は諦めましょ」

雫が肩をすくめながらくすくすと笑った。
そうよ、人間界からのお客様なんて、貴賓中の貴賓だわ。
それから、みんなであちこちに挨拶しながら移動して、わたしにとっては懐かしい、 人間界留学へ行ったときにみんなが見送ってくれた場所へと到達した。

「皆さん、本当にありがとう。また何かの機会があったらお会いしましょう」

見送りのメンバーを代表して、海音姉様がすっと手を差し出しながら言った。
その手を真珠がぎゅっと握る。
「こちらこそ、ありがとうございました。歌音の結婚式に参列できるなんて、本当に嬉しかったです。それに、皆さんともまた会えて・・・」
「また、来たときには是非お相手くださいね」
「お世話になりました」

見送りには姉様たち、それに萌音と愛音、ウィル、父様と母様も来てくれた。
つまり、王家総員ということね。

「それでは姉様、わたしと湊は地上までお送りしてきますね」
「ええ、行ってらっしゃい。気をつけてね」
「行ってきます」

ひらひらとみんなに手を振って、ぐっと強く水を蹴った。
上へ上へと向かって泳ぎ出す。

「なんだかほんと不思議だよね・・・この上にいつもの世界があるなんて」
「それを言うなら、あたしたちの場合は逆でしょ。海の中にあんな世界が〜って言うべき」
「そうだけど・・・。時々、自分が人間なのか人魚なのか、よくわからなくなるんだよね」
「・・・それはわかるかな。でも、一日中人魚でいるとやっぱり思うよ。あたしたちは人間だって」
「そうね」
「わたしはその逆ね」
「歌音はねー」

長い長い、水面にたどり着くまでの間のおしゃべり。
こうして泳いでいるとき、地上は遠いとも思うし、近いとも思う。
だんだん軽くなる身体。
透き通っていく青い色。
光の多さ。
魚たちがわたしたちのことを珍しそうに見ては通り過ぎていく。
初めてこうして上に向かって泳いだとき、楽しみだったし不安でもあった。
未知の世界。
人間の世界。
今はもう、未知の世界ではない。
この道も、不安な事なんてないわ。

「ぷわっ」

ザンッと水面を突きやぶって、空気に触れた。
いつも思う。
息苦しい、と。
けれど、やはり人間界に生きるみんなの感想は違ってた。

「わー!空気だー!」
「なつかしーい!」
「たった3日なのにね」
「ほら、みんな、いつもの場所まで行きましょう」
「こんなところで誰かに見つかったらやっかいだもんな」

海面からいつもの岩場の方向を確認して、もう一度海へと潜って移動した。
空気がなつかしい、なんて聞いたことがないフレーズを思い出して、少し笑えてくる。
きっとそれは、わたしたち人魚が地上にいるとき、水の中を懐かしいと思うのと同じね。
だんだんと岩場が見えてきて、水面に顔を出して確認する。

「真珠!雫、あくあ!」
そう、呼んだのは、途中まで出迎えに来てくれていた春樹だった。
彼も人魚だから、海まで迎えに来てくれたのね。
それとも・・・真珠に会いたかったのかしら?

「春樹!」

姿を見つけて、雫がスピードを上げて春樹の元へと泳ぎ寄った。
そして、ご挨拶といわんばかりに抱きつく。

「ただいま!」
「おかえり、真珠。みんなも」

嬉しそう。
春樹も、真珠も、とても嬉しそう。
きっと、わたしと湊も、あんなふうに他の人の目には映るんでしょうね・・・。

「さ、行こう。雫とあくあも迎えが来てるよ」
「迎え?」
「誰?」

きょとん、と雫とあくあが顔を見合わせた。
あくあの妹のまりあちゃんとか・・・?
春樹も一緒に岩場まで行くと、そこにはとても珍しい人物がにっこり笑って待っていた。

「やあ、おかえり。雫」
「星・・・!なんで・・・!」
「あくあ」
「たっ・・・辰星・・・!」

お迎えがくるなんて想像していなかった二人が思わず陸に上がるのも忘れて、しばらく固まっていた。
わたしは数回しか会ったことがない、遠距離恋愛だった雫の恋人である星さん。
同じ学校だったけれどクラスが違ったせいもあって、あまり接点はなかった、あくあの恋人の辰星君。
ふたりとも人魚であることは知っていると言っていたけれど・・・。
積極的に関わるような人たちではなかったはず・・・。

「な、なんでいるの?」
「ひどいなー。迎えにきたのに」
「ちょうど意見が合ったから、みんなで迎えに来たんだよ」

春樹、星さん、辰星君。
3人が揃っているところなんて、見た事がなかったわ。
仲が良いとも思えないし、接点がどこにあったのかすらわからないもの。
一体いつ「意見」を合わせたのかしらと思うくらいだわ。

「歌音さん、お久しぶりです。雫から聞いてました。ご結婚おめでとうございます」
「星さん、お久しぶりです。ありがとう」
「おれも久しぶりだよね、水城さん」
「ええ、辰星君。この姿では初めまして、と言うべきかしら」
「ははっ、そうだね。あくあから人魚だって聞いてたけど、会う事はなかったもんね」
「ほら、上がっておいでよ」

星さんの言葉にはっとして、雫とあくあがザバッと陸地へと上がった。
綺麗なレモン色と水色のしっぽがあらわになる。
ぽたぽたと水が滴って、水面に波紋を作った。

「・・・・・・知ってるしわかってるつもりだけど、やっぱり目の前にするのは不思議な感じだ」
「全く同感です」
「君たちは人間だもんなー」

同じような立場だけれど、人魚の血を引く春樹がくすくす笑いながら言った。
その言葉に星さんと辰星君が苦笑いする。

「しっぽなんて、そんなに見せるものでもないからね」
「むしろ見せる機会があるほうがおかしいわ。不慮の事故がない限り無理ね」
「パールが行方不明、とかね」
「おそろしいこと言わないでよ、真珠」

それぞれの恋人が大きめのバスタオルを彼女たちに差し出す。
ありがと、と小さく笑い合いながら受け取る様はとても微笑ましくて、思わずわたしも笑顔になってしまう。

「・・・それじゃあ、わたしたちは戻るわね。みんな、本当にありがとう」
「あー!ちょっと待って!!」
「な、なに、春樹・・・」
「もう少しだけ、待ってくれないか」
「俺たちに何か用事でも?」
「いや、うん、そうなんだ。そろそろ来る時間だと思うんだけど・・・」
「そ、そう・・・。わかったわ」
「その前に、おれたちも上がろう、真珠」
「そうだね」

先に上がったあくあと雫がそれぞれ服を着て、きちんと脚に戻して立ち上がったのを確認してから、真珠と春樹が陸へと上がった。
用意してあったタオルで水分を拭き取り、簡単に服を着てしっぽを脚へと変化させる。

「・・・うん、やっぱり、そっちの方が見慣れてていいわ」
「脚のこと?」
「ええ。わたしが接してきたのは、人魚ではなく、人間のみんなだものね」
「それを言うと、あたしたちも脚がある歌音の方が見慣れてるってことになるよ」
「確かに、その通り」
「しっぽの方が見慣れないよね」

言われるまで、思いもしなかった。
“脚がある”わたしの方が“自然だ”と思っている人たちがいるなんて。
“人間の姿”のわたしの方が慣れている・・・なんて。
わたしは人魚で、脚がある方が非日常で、特別で、慣れないと思っていたから・・・。
人間界で出会った人たち、過ごした人たちからしたら、それはすごく当たり前のことなのに・・・!

「・・・お互い様、ね」
「あ、来たみたいだな」

春樹がくいっと視線を浜の方へと向けて言った。

「歌音ちゃーーーーん!」

ソプラノボイスが響いて、浜辺の砂をざくざくと踏む音が聞こえてきた。
この声、美菜穂さん・・・!

「よかったー!待っててくれて!!歌音ちゃん、それにみんなも、久しぶりっ」
「美菜穂さん!わざわざ会いに来てくれたの?」
「えへへ。会いたかったから。もう、あの二人遅いなあ・・・」
「もしかして、透也と連斗も一緒なのか?」
「そうよ」

少し息を弾ませた美菜穂さんが岩場まできて、にっこりと笑った。
な、なんだか海の中からで申し訳なくなるわね・・・。
湊も予想していなかったようで、少し驚いている。

「美菜穂、走ることないだろ・・・!」
「別にいいでしょ」
「連斗君、透也君・・・」
「やあ、歌音。久しぶり・・・って言うのかな?」
「よ、歌音、湊」

美菜穂さんにわずかに遅れて、連斗君と透也君が姿を現した。
わたしがみんなを見送りに来ただけなのに、まさか会いに来てくれるなんて・・・!

「都合がついたからさ、やっぱりお祝い言いたくて」
「半分は美菜穂に引っ張られて来たんだけどさ」
「もう、連斗はそーゆーこと言わなくていいの!歌音ちゃん、結婚おめでとう!」

そう言って、美菜穂さんは連斗君が持ってきた包みを受け取ると、サッと一本の薔薇の花を差し出した。

「おめでとう、歌音、湊」
「三人で海に持って行けるもの考えたんだけど、結局こんなのしかなくて・・・」

その薔薇の花は本物の花ではなく、ガラスのようなもので出来ているようだった。
キラキラと太陽の光を反射させて光っている。
そっと受け取って手にしてみると、精巧に作られたその花に触れてみる。
重みから、プラスチックではなく、ガラスで出来ていることがわかった。

「あ、ありがとう・・・!」
「すごい、キレイだな、これ」

繊細に作られた薔薇の花は、綺麗な淡い赤みがかったピンク色をしている。
透き通って、水の光を反射して輝いて、とてもキレイ・・・。

「それから、こっちの色は湊に」

そう言って、もう一本、ガラスの薔薇の花を透也君が差し出した。
こっちは綺麗な薄い青い色の薔薇の花。

「うろ覚えだったんだけど、しっぽの色、大丈夫だったみたいだな」
「・・・わざわざ俺の分まで・・・?ありがとう」
「ふたつでひとつみたいなものだからさ。結婚祝いといえばペアだし」
「それなら海でも壊れないだろ?」
「そうね・・・ありがとう。海でも地上の花が見れるのね。お部屋に飾るわ」
「ああ」
「そうしてくれたら嬉しいわ」

地上でしか見ることが出来ない花を、海の中でも見れるように・・・探してくれたのね。
それも、わたしたちの色で・・・。
人魚のわたしのことを考えて選んでくれたのね。
そのことが嬉しくて・・・とても嬉しくて、思わず泣いてしまいそうになる。

「わたし、本当に、いつもたくさん貰ってばかりね」
「いいんだ。こっちが勝手にやってることだからさ」
「でも、なんだか申し訳ないわ」
「そう思うなら、またこっちに遊びに来てよ。それから、歌って」

透也君がにこっと笑って言った。
・・・いつもそうね。
連斗君と透也君はいつもわたしに言うのよ。
『歌って』と。
何も他にできないと言うと、『歌ってくれればいい』と。

「約束するわ」

その言葉が、どれだけわたしを助けてくれたと思う?
何も出来ないわたしが、唯一できること。
歌うこと。
たったひとつ、残せること。
歌って、と言われることが、こんなに嬉しかった世界はないわ。

「さ、そろそろ帰らないといけないんじゃない?」
「・・・そうね、真珠。みんなも、ありがとう。また会いましょう」
「歌音ちゃん、またね」
「気をつけて帰ってね」
「ええ」
「ありがとう。またな」

みんなにさっと手を振って、それから湊と手を繋いでざぷんっと水へと潜った。
少し沖まで泳いだところでもう一度岩場を見てから、今度こそ深く潜った。

「さあ、帰ろうか」
「海の世界へ」

大好きな人たち。
大切な人たち。
陸の世界はとても綺麗で、輝いていて、素敵な世界だった。
でもね、わたしのいる世界はあそこじゃない。
何度、陸へ行っても、必ず戻るわ。

青い自由の世界へ。



2014.09.23.   **Fin**