*** side 湊 ***
「…まさか、そのまま寝るとは…」
俺の部屋に、と、城内にあてがわれた客室のひとつ。
珍しく“まだ一緒にいたい”とわがままを言った歌音のお願いを無視出来るわけもなく、
部屋で過ごしていたわけだが・・・一緒にいたいと言い出した本人が寝てしまった。
抱きしめて、髪をなでて、キスをして、会えなかった時間を取り戻そうとするかのように寄り添った。
こうなると思っていたから、早くそれぞれの部屋に帰った方がいいと思っていたのに・・・。
結局のところ、俺だって相当我慢していたから、負けてしまったんだ。
無防備に俺の腕の中で寝ている歌音を見つめて、そっと、こめかみにキスを落とす。
ずっと、ずっと、何年も想ってきた。
歌音が人間界留学でいない間も、ずっと。
恋人になれるだなんて高望みはしてなかった。
相手は王女様。
たとえ、幼なじみで、友人で、ずっと親しくしてきた相手でも、王女という立場は変わらない。
告げられればそれでいいと思っていたあの頃。
でも、想いが叶って、恋人になれて、愛しい人が手に入った。
けれど、遠距離になって、数ヶ月に一度しか会えなくなって・・・会えない距離に負けたのは俺の方だ。
好きで好きで、仕方ない。
何がどうして好きなのかと言われたら、わからないと思う程度には昔から歌音に惚れていた。
ちょっと天然で鈍感なところも(いや、鈍感なのはちょっとじゃないが・・・)、笑顔も、ふくれた顔も、歌声も、長い髪も全部好きだ。
今だって、このまま抱きしめて朝まで眠ってしまいたい衝動に駆られてる。
だけど、明日のことを考えたら・・・そうもいかないだろうな・・・。
結婚式典。
明日、俺は歌音と結婚する。
王様の前で署名をしたら、その日から王族の仲間入りだ。
昔の仲間とか、職場の仲間には“玉の輿だ”なんてネタにされることもあるけど、そんなんじゃない。
歌音がたまたま王女様だっただけなんだ。
王族が城を出ることを許されていないから、俺が入るだけ。
そのための準備をこの二ヶ月半叩き込まれてきた。
歌音に会えないという点だけを除けば、内容はそこまで過酷じゃなかった。
「まったく・・・変なしきたりのおかげで散々だったぞ」
同じ王城内にいるのに、行こうと思えば15分もかからないのに、会ってはいけない。
本来8週間の予定だったが、長引いてしまったのは自分のせいでもあるけれど・・・
とにかく、会いたかった。
そのまま式典の模擬をやることになっていたが、無理を言って歌音と会う時間を作って貰った。
まさか、王様の前で歌音を抱きしめてしまうことになってはいけない。
触れて、声を聞いて、抱きしめて、キスをして、離したくなかった。
俺が一体どれだけ歌音を好きか、きっと誰もわからないと思う。
好き。
愛してる。
こんな言葉じゃ足りないんだ。
「あーあ・・・仕方ないな・・・」
俺の身体にまわされた歌音の腕をそっと解いて、ゆっくりとベッドから抜け出す。
城の人を呼んで連れて帰ってもらったり、歌音をたたき起こすという方法もあるけど・・・
きっと疲れてるんだろうし、起こさないでおくことにした。
そっと抱きかかえると、部屋を出る。
夜の城内は出入り口以外は警備は厳しくない。
動き回る人の数が圧倒的に少ないからだと教えられた。
歌音を起こさないよう、そっと泳いでいく。
「あれ?湊?」
そう、声をかけてきたのは南の海の王子であるウィリアム様・・・ウィルだった。
王子であるのに気さくな性格のウィルは、王子扱いされるのを嫌う。
それは、一般庶民である俺に対してもそう。
これから王族に入るのだから、遠慮はなしでいこう。
そう言ってくれた。
もちろん、最低限の礼儀は守る。
それが、王族として生まれなかった者の定めみたいなものだ。
「どうしたんですか?」
「いや、明日の確認をしていたら遅くなってしまっただけなんだ。歌音、どうかしたのか?」
「少し話をしていたんですが、寝てしまって。部屋まで運んでいくところなんです」
「なるほど・・・」
そっと近寄ってきて、ウィルが歌音の顔をのぞき込んだ。
妹のように思っている、と言っていただけあって、その表情はとても優しい。
歌音の寝顔を他の男に見せるのは、少し、嫌な気もするが・・・兄のようだと言っていたウィルになら、歌音も嫌だとは思わないだろう。
「よく眠ってるね。君の隣は安心するんだろうな」
「疲れてるっていうのもあるんだと思いますけど」
「あはは。そうだね。僕はそれだけじゃないと思うけど」
「え?」
「それじゃ湊、また明日」
「ええ、おやすみなさい」
「おやすみ」
金髪に紫の瞳、緑のしっぽという目立つ出で立ちの王子様はふわりと笑うと客室のある方向へと泳いでいった。
さすがに王子なだけあって、もっといい部屋が用意されているようだな。
「早く送っていってしまおう」
歌音を抱えたまま先へと進む。
城内地図を叩き込まれたせいもあり、歌音の部屋までは迷わずに行けそうだ。
ただ、問題なのは歌音が王族であるということ。
王族の居室はかなり警備が厳しい上に、簡単には行けない場所にある。
何度も行ったことはあるが、それは案内して貰ったから行けただけだ。
居室へ続く扉の前には昼夜問わず衛兵がいて、そこを通らずには誰の部屋にも行けないことになっている。
まあ・・・俺は顔も知れているし、歌音もここにいるわけだから問題ない、だろう。
大きな廊下を進み、奥へ奥へと入っていく。
頭の中に叩き込んだ地図と、今まで案内して貰った記憶を頼りに、なんとか扉の前までは来ることが出来た。
「何者っ・・・あれ、歌音様?」
「悪い、眠ってしまったから連れてきたんだ。通してくれるか?」
「はっ。了解致しました!」
衛兵はびしっと敬礼の姿勢を取ると、大きな扉を出来るだけ音が立たないように静かに開けてくれた。
・・・そういえば俺も明日結婚すると王族になるわけで・・・顔は知られてるんだよな・・・。
少し、気まずい。
「どうぞ」
「ありがとう」
そそくさと扉をくぐり、歌音の部屋まで急ぐ。
ここで王女様方に出くわしたらからかわれるに違いない。
さっさと歌音を自室のベッドに寝かせて立ち去ろう。
行き慣れた歌音の部屋の扉をくぐり、寝室の大きなベッドに歌音をそっと横たえる。
「ふう・・・」
相変わらず、広い部屋だ。
さすが王女様とでも言うべきか。
もしかしたら、俺の家よりも広いかも知れない。
ベッドも、明らかに1人用なのに一般的なものの2倍はある。
そっと、眠る歌音の顔にかかる髪を払いのけてやる。
くすりと思わず笑みがもれた。
安心しきった顔してくれちゃって・・・。
「ん・・・あれ・・・わたし・・・」
「あ、ごめん、起こしたか」
「みな、と・・・・・・」
目を覚ましてしまった歌音がゆっくりと辺りを見渡す。
寝ぼけた瞳を起こすようにひとつまばたきをすると俺に視線を戻した。
「わたしの部屋・・・?」
「そう。運んできた。さすがに一緒に寝るわけにはいかないからな」
「あ・・・ごめんなさい。寝るつもりはなかったのに・・・」
「いいよ。疲れてたんだろう」
くしゃくしゃと歌音の頭をなでる。
そうすると、まるで子供のように歌音はいつも笑うんだ。
姉姫様たちがきっとこうして接してきたんだろう。
俺の弟の悠斗なら、手をはじき飛ばして子供扱いするな、と怒るところだ。
「もーう、起こしてくれれば良かったのに」
「よく寝てたから。運んでも起きなかっただろ?」
「う・・・そうだけど・・・」
そっと、歌音が俺の手を取って、ぎゅっと握りしめた。
そして、小さく手の甲にキスをした。
やわらかくあたたかい感触が伝わってくる。
「・・・なに?」
「・・・・・・いえ、何でもないのよ」
「寝ぼけてるのか?」
「そんなことないわ」
「ほら、離して。俺も部屋に戻らないと」
「・・・・・・」
そう促したのに、歌音は逆にぎゅっと俺の手を握りしめる。
全く、歌音は甘えん坊だ。
末っ子だった時間が長かったというのもあるんだろうけど、歌音はふたりきりになるととたんに甘えたがる。
そこがまあ・・・可愛くもあるけれど。
「姫様、我が儘はここまでですよ」
「む」
こんな時はわざと姫扱いをする。
歌音は親しい間柄の人たちに姫様扱いされるのを嫌う。
俺をはじめとする同級生のみんなが、最初はものすごく苦労したのを歌音は知らないだろう。
俺なんかは最初に出会ったときが学校に入る前だったからまだよかったものの、
王女様を王女様扱いしないというのは、かなり意識しないといけなかった。
今では、歌音を王女扱いするのはからかっているときか、公の場だけだ。
「湊はいつもそうなんだから・・・」
「ん?」
「・・・ねえ、キスして」
「したら離してくれる?」
「・・・いいわ」
少し、いたずらっぽい瞳で歌音が言った。
まったくこの王女様にはかなわないな。
空いている手でそっと歌音の乱れた前髪をかきあげて、そっと唇をなぞり、軽いキスをした。
「・・・ね、もう一回」
「わがままだなあ」
軽く、ではお気に召さなかったらしい。
ゆっくりと長く口づけ、一息もらしてから、深く口づけた。
恋人として、最後のキスになるだろう。
「・・・おやすみ、歌音」
「おやすみなさい。また、明日、ね」
「ああ」
キスを終えると、歌音は素直に手を離して微笑んで言った。
こんなに綺麗な表情をした彼女を知る人は俺以外にはいないだろう。
それが嬉しい。
友達も家族も、海のみんなも、俺以外は誰1人として知らないんだ。
「さあ、戻ろうか」
明日は本当の結婚式だ。
俺が歌音を手に入れるという表現はおかしいけど、やっと俺のものになる。
愛しい人。
君の側にいられるなら、犠牲が多くても身分なんて越えてみせるよ。
2014.08.01.
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