「・・・・・・本当にやるとは思わなかったわ」
「へへ、言ったでしょ、絶対やるって」
「クラスのみんなの協力なのよ」
「歌音に会える機会がないから余計に張り切ってるのよ」

みんなが胸当てに青いブローチを着けながら得意げに言った。
そう、人魚の世界が見えるようになる、あのブローチを。
真珠達はたったの二週間で、結婚式の計画を立ててしまった。
突然連絡がきて驚いたわ・・・。
あ、ちなみに、連絡っていうのは魚たちがやってくれるの。
真珠が話せるからね。

「今日平日だけど大丈夫なの?」
「休みもらってきたから」
「指定したのはこっちよ」
「心配無用。さ、行きましょ」
「・・・・・・うん」

ざっと海の世界へと入る。
うーん・・・大丈夫かなぁ・・・。

「歌音は楽しみじゃないの?」
「そんなことないわ。楽しみよ。湊にだって話はしたんだから。でも・・・」
「でも?」
「何か問題でも?」
「だって、留学期間じゃないのに人間界に行って・・・」
「それは何度かやったじゃない」
「留学から帰ってきたわけでもない人魚を人間界に送るなんて・・・」
「それは問題だけど」
「許してくださるかなぁ・・・父様」

下へ下へと泳ぎながら話す。
そう、心配なのは湊のこと。
湊は人間界留学に行ったわけじゃない。
申請をしたわけでもない。
そんな人魚を・・・人間界に・・・送った事例がないのよ。

「でも、真珠達がせっかくそこまでやってくれた企画ですもの。 わたしもみんなに会いたいし・・・頑張って父様を説得しましょ」
「そうこなくちゃ!」
「透也達も楽しみにしてるんだから。あと真理乃がね」
「真理乃さん?」
「そう。まぁ、それはおいておいて」
「あ、うん・・・」

人間界で過ごした二年間。
そこで一緒に過ごしたクラスメイトたち。
ほとんどの人に、卒業してから会っていない。
わたしだって会いたい。
それに、湊にも知って欲しい。
人間界を。素敵な人たちを。音楽を。



「う、わ、久しぶりーの海の世界だーっ」
「と言っても一度しか来てないじゃない、真珠」
「そこはスルーしてよ、雫・・・」
「まぁまぁ」
「さあ、行きましょ。父様と母様にはみんなが来るって言ってあるから、 きっと待ってると思うわ」
「着いて早々に本題に突入しなきゃいけないわけね」
「それが目的なんじゃない。ねぇ、雫」
「その通り。さー!王様に会いに行きましょうっ」
「・・・あのさ、わざわざ王様って言わなくてもいいじゃない・・・ ドキドキしちゃうって」
「くすくす。置いてっちゃうわよ?」
「あーん、歌音待ってよ!ここってホントに迷路なんだから〜」
「道がないっていうのは不便よね。ほんと。慣れてるとさ」

ついっと城の中へと入っていく。
城の中は迷路みたい。
みんな言うけど、そうでもないのよ。慣れればね。
人間界には道があって、たくさんの目印があるけど、 海の中には道らしく道がない。
そして、上下左右どこにでも泳いでいけるから、 一本道を歩いている人間界とは違うのよね。
前に来たときも、真珠達は誰かしら案内しないと迷ってたわね・・・。




リリンとお部屋の前のベルを鳴らす。

「お入り」
「失礼します」

ふわっと入り口にかかった幕を左右に避けて部屋の中へと入る。
真珠達もわたしに続いた。
ここは父様達の普段いるお部屋じゃなくて、謁見の間。
ちょっぴり豪華な作りになっている。

「ああ、歌音か。真珠さんたちも、いらっしゃい」
「お久しぶりですっ」

ぺこっと三人が礼をした。

「琴音、歌音たちが来たよ」

後ろの続いている部屋に父様が呼びかけた。

「あらあら、いらっしゃい」

ひょっこりと母様が顔を出した。
そして父様の隣に座る。
何年経っても、父様と母様は仲良しで、娘から見ても微笑ましい。

「雫さん、真珠さん、あくあさん、久しぶりね。元気だったかしら?」
「はいっ。琴音様」
「元気です」
「お久しぶりです」
「それで、どうしたのかしら?私たちに会いたいなんて・・・」

にっこりと母様が言った。
父様は隣で小さく笑顔を作っている。
・・・わたしは何も言ってないわよ・・・?
もちろん、湊にも口止めしてるんだけど・・・。

「その前に、お座りなさい。歌音、クッションを持っておいで」
「はい、父様」
「あああ、あたしたちも手伝うっ」
「お客様なのに」
「関係ないわよ、そんなの」

この部屋にイスはない。
あるのは大きなクッション。
ふかふかで人間界のとは違うけど、座り心地はいい。
部屋の片隅に片付けられている大きなクッションを3つほど運ぶ。
3つあれば、4人座るのに支障ない。

「さて、話を聞かせてもらうか」
「あ、はい」

ぽふんと全員が座ったのを見計らって父様が言った。

「あの、歌音が湊さんと婚約したって聞いたんです」
「そうだな。まだこちらでは何も話していないが・・・」
「それで、その・・・」
「人間界で、結婚式を企画したんです」
「結婚式を?」

その言葉に父様と母様が顔を見合わせた。

「高校の時の・・・歌音のクラスメイトたちと会う機会があって、 そこで話したんです」
「歌音に会える人間は私たちくらいなので・・・ みんな歌音に会いたいって言ってくれて」
「それに、人間界の結婚式を歌音にも・・・いえ、 わたしたちが歌音のドレス姿を見たいっていう理由もあるんですけど・・・」
「人間界の結婚式とは、どんなものなのかしら?」
「え、あ、えと、色々形式はあるんですけど・・・」
「こちらでやるものとは少し違っています。 人間界にはウエディングドレスやタキシードといった特別な衣装があるんです。 特別な誓いの儀式みたいなものでした」

言葉を詰まらせたみんなに助け船を出す。
こっちの結婚式を知らないみんなからすれば、 人間界の結婚式を説明するのは至難の業。
だって、キリスト教というものもないし、教会という場所もないのだから。
神社だって、もちろんないから着物だなんて言ってもわからない。

「ウエディングドレス?」
「とっても綺麗な衣装です。女の子なら誰でも一度着てみたいって思う衣装で」
「歌音が着たら、きっとすごく素敵だと思うんですっ」
「まぁ、それは素敵ね」
「それで・・・その、無茶は承知しています。 歌音と湊さんの結婚式を人間界でやらせていただけないでしょうか」
「ふーむ・・・」
「歌音はともかく…湊のことがあるわね…」
「歌音は人間界の結婚式、やりたいかい?」
「・・・はい。海輝の結婚式に出席して・・・本当に素敵でした。 出来ることなら…わたしもやりたいです。 出会った人たちとも、また会いたいです」
「そうか・・・」
「私もそのウエディングドレスというもの、見てみたいわね」

くすっと笑って母様が言った。
その様子を父様が横目で見る。

「肝心の湊がいないのでは話にならないな。 湊を呼びに行かせよう。歌音、今日は湊はいるかい?」
「え、あ、ええ。確か、今日まではいるはずです」
「よし」

そう言うと、父様は側近の者に湊を呼び行くよう手配した。

「10分もあれば連れてくるだろう」
「そうですね」
「10分・・・。たった10分で・・・」
「陸じゃ考えられないわ・・・そのスピード」
「あ、そっか。道がないから道路が混んでるとか、 電車の時間がっていうのがないんだね」
「くすくす。そうよ、陸での移動は時間がかかりすぎるわ。面白いけれど」
「面白い?」
「ええ。電車とか、車とか。生き物が動かなくても動くなんてすごいし」
「でも、直線距離だと早いところを遠回り、なんていつものことじゃない」
「そうそう。それに比べて、海は自由っ!羨ましい」
「なるほどな。陸の移動手段は海のようにはいかないのだな」
「ええ、父様。建物より上を泳ぐ、なんてことあり得ませんから」
「でも面白い移動手段があるんでしょう? 時間がかかる分、楽しみもあるんじゃないかしら?」
「うーん・・・それもありますね」

海は上下左右自由。
移動だって、そんなに時間はかからない。
遠い場所に行くときは、海の生き物たちに手伝ってもらうけれど、 基本的には泳いでどこまででも行けるから。
でも、陸は不便。
道を歩くのにも時間がかかるし、電車には時間があるし、車は渋滞する。
遠回りしての移動もしょっちゅう。
そう思うと、やっぱり海の世界は自由だなって思うの。



リリン。
小さくベルがなる。

「湊様をお連れしました」
「ああ、ありがとう」
「失礼いたします。お呼びでしょうか?」

湊を迎えに行った父様の側近と、湊が入ってきた。
ぽすんとクッションをひとつ、わたしの座っていた端に足す。

「突然呼び出してすまなかったね、湊」
「いえ・・・大丈夫です」
「かけなさい」
「あ、はい」

わたしたちのこの状況をくるりと見渡して、 不思議な表情を浮かべてわたしの隣に座った。

「おはよう、湊」
「おはよ・・・。歌音?今日はお客様がくる日だっけ?」
「いいえ。突然なの」
「お久しぶりです、湊さん」
「突然でおどろかせちゃったかな?」
「いえ・・・久しぶり、真珠、雫、あくあ」

ぺこっと湊が会釈した。
人魚の記憶力はとてもいいから、 前回会ったのが数年前でも名前と顔は覚えている。

「それで、本題なのだが」
「はい」
「彼女たちが、人間界での歌音と湊の結婚式を企画したそうなのだよ」
「・・・少しですが、聞いています」
「湊、君はどうしたい?」
「・・・と申しますと?」
「人間界での結婚式、やりたいかね?」
「・・・しかし・・・」
「人間界に行けるかどうかは別として考えて、湊。 あなたはやりたい?それとも・・・」

母様が優しく言う。
その言葉に湊が唇をかみしめた。

「・・・・・・出来ることであるのなら・・・行きたいです。 人間界を…歌音が見てきた景色を見てみたいですし・・・きっと、 歌音が人間界での結婚式を望んでいると思いますし・・・」
「・・・・・・」
「自分は人間界の結婚式がどんなものなのかも良くわからないですが、 歌音が出会った人たちには会ってみたいと思います」
「そうか・・・」
「本当にあなたは歌音に一途なのね」
「こ、琴音様っ」
「ふふっ。いいじゃない、事実でしょう?」
「・・・・・・はい」
「わかった。ふたりの人間界での結婚式、許可しよう」

父様がにっこりと笑って言った。

「その代わり、ちゃんと報告をすること」
「あの写真ってやつ、持ってきてくれると嬉しいわね」
「もちろんです!ありがとうございますっ」
「写真でよければいくらでもっ」
「よかったぁっ」

みんなが父様と母様の言葉に喜びの声を上げた。
まさか父様がこんなに簡単に許してくださるなんて思わなかった・・・。
人間界留学の審査はあんなに厳しかったのに・・・。

「湊は学歴もその知識も、現在の仕事もしっかりしている。 なんの心配もいらないしな」
「留学するわけではないものね。 それに、人間界の結婚式の様子を聞けるなんて、この先きっとない機会だわ」

父様と母様が瞳を合わせて笑った。
父様も母様も厳しい方。 でも、優しくて素敵な方。
娘には甘い部分もある、普通の親なのよね。

「あの、式をする期間と、 その前に一度人間界に来てもらわなければならない期間があるんですけれど ・・・大丈夫でしょうか」
「と言うと?」
「式は夏にしようと思っているので、もう少し先なんですけれど」
「事前の準備がいるので、それより前に一度来ていただきたいんです」
「いつ頃かしら?期間はどのくらい?」
「えっと・・・一ヶ月半後くらいに・・・二週間あれば大丈夫かと・・・」
「わかった。歌音、湊、行くときには連絡を」
「はい、父様」
「はい」

事前の準備・・・って何かしら。
二週間もいなくては出来ないことなの?
あとで真珠達に聞いておきましょ。


そうして、父様達の部屋を後にした。
朝早かったから、簡単なお菓子とお茶でほっと一息つく。

「あー、でもよかった!許してもらえて」
「本当に。意外とアッサリだったわね」
「うん。確かに」
「人間界の結婚式の情報は本当に少ないし・・・」
「結局、王様も琴音様も歌音達娘には甘いんだよな。な、歌音」
「・・・そうねー・・・普通の親ですもの。あ、湊、ごめんなさい、朝早くに・・・」
「別にいいよ。朝早くっていう時間でもなかったし」
「あたしたちが急に来たのが悪いのよね。ごめんなさい」
「気にしないでって。こっちにいる時で逆によかった」
「あ、ねえ、さっき言ってた事前の準備って?」
「え?あ、ああ、あれね」
「ドレスの採寸とか、デザイン選びとかだよ。 こっちで出来る準備はするけど、歌音達がいなきゃできないこともあるから」
「それに、湊さん、人間界初めてなんだから、歩行訓練とか色々いるでしょ?」
「あ、そうね・・・そっか、湊は初めてだから・・・」
「まっさか自分が海から出ることになるとは思わなかったぜ・・・ほんと」
「ねえ、湊さんのお仕事って、お休みいつかしら?」
「え?」
「だって、いくら私たちが日にちを指定しても 湊さんがお休みじゃなかったら意味ないじゃない?だから・・・」
「やだ、忘れてた。スケジュール合わせがいるのね」
「ああ、それなら心配入らないよ。一ヶ月後には仕事辞めるから」
「えっ」

湊の辞める発言にみんなが驚いた顔をした。
湊の仕事はあと一ヶ月程度で一段落するらしい。
そこで辞めて、こちらでも婚約発表をすることになっている。
その打ち合わせはこの間、父様達と済ませたところ。

「え、お仕事辞めちゃうの?」
「な、なんで?」
「そんなに驚く事じゃないだろう?俺が婚約した相手は王女様だよ?」

くすくすと笑いながら湊が言った。
間違ってはいないけれど…わざわざ王女様なんて言わなくてもいいのに…。
肩書きさえなければ、普通の女の子なんだから。

「あ・・・そっか・・・。歌音がお嫁に行くんじゃないって言ってたよね」
「ええ。湊が王室に入るの」
「だから、仕事は辞めなきゃいけないわけ。区別しないといけないからね」
「なるほど・・・。でも、湊さん、好きで仕事選んだって言ってたよね?」
「ああ」
「だから会えなくても我慢できるって」
「それは随分前の話だな。最近じゃ会えない期間が長すぎた」
「前に真珠達が来たときは二週間に一度は会えたものね」
「今は?」
「3ヶ月に一度会えれば良い方、かな」
「早い話、その期間に負けたんだよ、俺が」
「歌音じゃなくて?」
「俺が。さっき琴音様もおっしゃってたけど・・・」
「湊さんは歌音に一途だってやつ?」
「そう」
「で、真珠、いつ行かなきゃいけないかはちゃんと知らせてね?」
「もちろん。帰ったら速攻で連絡して会議するからさっ」
「決まったら知らせるわ。とりあえず、一ヶ月後以降ってことねっ」
「式の日取りもこっちで決めて大丈夫かな?」
「早いうちなら、わたしの方で調整するわ」
「ありがと。あー、楽しみになってきた!」
「私たちの方が張り切っちゃいそう!」
「雫、それは間違い。すでに張り切ってるわ」
「あ、そっか」

人間界での結婚式、実現できるとは思わなかった。
だって、考えられる?
人魚のふたりが、人間界で結婚式を挙げるなんて!
それもこれも、きっと、素敵な人たちに恵まれたから。
そして、偶然にも、わたしの父様が王だったからね。