『 Honey Come 』



肌寒くなってきた季節。
香港で生まれ育ったおれとしては少し寒い。
クリスマスまで一ヶ月を切ったある日曜日に、おれとさくらは二人で買い物に出 掛けた。
さくらは友達にあげるプレゼントや部屋に飾るアドベントツリーを見るのだと昨 日からにこにこしてる。

クリスマスを控えた街の大通りは遊園地並の装飾がほどこされている。
街灯には色鮮やかな電飾とMerryChristmasの書かれた旗。
ずらりと立ち並ぶ店はどこもクリスマスの赤と緑の配色と飾り付け。
そしてクリ スマスセールの文字。
人通りもいつもよりにぎわっている。

・・・・・・こんなにお祭り騒ぎをするほどのものなのだろうか?

クリスマスはイエス・キリストの誕生を祝うキリスト教の行事。
日本にはとくに全員が信仰するほどの宗教はない。無信教の人も多い。
それゆえか?それともただの祭好きなのだろうか?
日本人はクリスマスを満喫すると正月を神社で祝う。
これだけ宗教的行事が入 り組んだ国もなかなかないだろう。

そんなことを考えながら、ぶっきらぼうに両手をコートにつっこんで歩いている おれの隣で、
さくらがひょこひょこ、ちらちらおれのことを見ていた。
それに気付かないフリをして歩いていく。
本当は、そんなさくらが可愛くて仕方がない。
けれどそんなそぶりはとても見せられない。
だから知らないフリをする。

「・・・小狼君」
「なんだ?」

呼ばれてはじめて返事をする。

「・・・小狼君は・・・クリスマス好きじゃない?」
「え?」
「もしかして、わたしにつきあってくれてるだけ?クリスマス騒ぎは好きじゃない?」
「・・・そんなことない」
「ほんとに?ホントの本当?」
「どうして?」
「・・・楽しそうじゃないから・・・」

そう言って、さくらがしゅんとうつむいた。
そんなことを知りたくておれの顔をちらちら見ていたのか?
自分につきあってくれているだけかと心配して?

「しゃ、小狼君、優しいから、わたしがお買い物に誘えばついてきてくれると思うし、
わたしがクリスマス楽しみにしてるなら黙って・・・」
「そんなことない。ただ、考え事してただけだから」
「・・・・・・」
「本当だって」
「・・・うん。なら、よかった」

嘘は言っていない。
香港李家では見られない鮮やかな飾り付けも、街の雰囲気も、音楽も嫌いじゃない。
でも、おれが一番クリスマスで楽しみなのは・・・さくらが楽しそうな姿が見れることだ。
女の子はクリスマスの飾りと雰囲気が好きらしい。

「小狼君!」

少し大きめの声で呼ばれてハッとした。
ぱっと左隣りを見ると、さっきまでいたはずのさくらがいない。
慌ててきょろきょろと後ろを振り返った。

「さくら!」

10メートルほど後ろの人ゴミの中にさくらを見つけた。
おれがよそ見して考え事してたからか。
すぐ隣にいたさくらが遅れているのにも気がつかなかったなんて!
歩いている人に迷惑かもしれないと思いながらも、足を止めてさくらを待った。

「ご、ごめんなさい。やっとおいついたぁ。もたもたしてちゃダメだよね」

そう言ってさくらは苦笑いしながらおれのことを見て、
おれと2,3歩の距離をあけてさくらが立ち止まった。
いや・・・さくらのせいじゃない。気がつかなかったおれもいけないんだ。
真横を歩いていたさくらが追いついていない事にも気がつかなかった・・・。

「ごめん。おれがぼーっと歩いていたせいだな」
「そんなことないよ!小狼君、いっつもわたしの歩調に合わせてくれるし!
今のは、ウインドウを見ててはぐれたわたしのせいだもの!」

さくらが必死に弁解する。
普通なら、おれに置いていくなと怒ってもおかしくないのに・・・。
女の子は思っている以上に歩く速さが遅い。
それは知っているのに、ぼーっとしていたおれがいけないんだ。
せっかく二人で買い物に出てきたのに、変な考え事をしていたおれがいけないんだ。
でも、ここでおれがそう言っても同じ会話を繰り返すだけだな。
さくらのことだ。おれがいくら言っても自分がいけないんだと言うだろう。
そんな堂々巡りをしている時間は今はない。

スッと左手をコートから出してさくらの前に差し出した。

「おいで、さくら」

おれの一言に一瞬、さくらが目を見開いた。

「これなら、はぐれないだろう?」

そのたった一言に、さくらの顔にまぶしいくらいの笑みがあふれた。

「・・・うん!ありがとうっ」

ぱしっと重ねられるさくらの右手はひんやりとしていた。
コートのポケットに入れていたおれの手はあたたかい。

「小狼君の手、あったかーい」

その言葉と、手をぎゅっと握り返したさくらの表情が可愛くて、思わず笑みがこぼれた。
そんなおれを見て、さくらが楽しそうに言う。

「やっと小狼君の笑顔が見れた」

・・・そうだな。
せっかくのクリスマス。
何が楽しいのかわからないけれど、楽しもう。
おれ一人のことを気にかけて一喜一憂している君のために。
君の笑顔をひとりじめできるのだから。

「よし、じゃあ行こうか」
「はい!」

きゅっと繋がれた手。
嬉しそうなさくら。
難しい事を考えこむのはやめよう。
こんな時くらい、街の飾りとイルミネーションと、クリスマスソングを楽しもう。
そして何より、楽しそうに笑っている君を。

さぁ、今年のクリスマスプレゼントは何にしようか。
君が一番喜びそうなものを、今日は調査することにしよう。
こうして隣にいるのだから・・・・・・。


2005.11.22.