学校からの帰宅道。 いつものようにさくらと肩を並べて歩いていく。 他愛もない話をするのはいつものこと。 昨日どうしたとか、今日の授業がどうだったとか、あの課題がどうとか・・・。 彼女が楽しそうに話すのに、おれはいつもあいづちを打ったり、たまに一言二言言う。 それがいつものことだ。 彼女が楽しそうに話す声が好きだし、時々合う視線に微笑む姿がかわいらしい。 今日もそんな帰り道だと思っていたら、 きゅっ おれの空いた左手に自分の右手をからめて、 「ねぇ、小狼君」 そう言っておれの顔を上目使いに見てきた。 その行動に思わず心臓が大きく波打った。 「な、なんだ?」 「あのね、もうすぐ小狼君の誕生日でしょう」 「あー・・・そうだな」 7月13日。 おれの誕生日だ。 「プレゼント、何が欲しい?」 その言葉に拍子抜けする。 普通、誕生日プレゼントに何が欲しいかなんて、本人に問うか? 「あのね、わたしも考えたんだよ?でも、小狼君・・・何が欲しいかわからなくて・・・」 「別にさくらがくれるなら気持ちだけでも嬉しいけど?」 「やっぱりそう言う・・・」 「は?」 「ケロちゃんにも言われたの。わたしがあげるものなら小狼君はなんだって喜んでくれるって」 好きな人からなら、誰だって何をもらっても嬉しいだろう。 よほど嫌いなものでない限り。 ケルベロスもちゃんとそのくらいはわかってるのか。それとも、おれの考えなどお見通しと言いたいのか? 「わたしね、小狼君が一番喜んでくれるものをあげたいの。だから・・・」 「うーん・・・」 手をつないだまま、ゆっくりと歩みを進める。 おれが、一番喜ぶものモノ・・・。 「さくらが欲しいと言っても・・・」 「?」 ちらっと言いかけてさくらの表情を伺った。 やっぱり意味をわかってないな。 「いや、何でもない。そうだな・・・ケーキがいい」 「・・・ケーキ?それってバースデーケーキ?」 「そう。さくらの手作りケーキがいい」 「そんなのでいいの?」 「一緒に食べてくれるなら」 「・・・ほんとにそんなのでいいの?」 「誕生日に自分でケーキ、作りたくないからな。ひとりで食べるくらいならなくていいし」 「作る!わたし頑張って作るよ」 さくらが真剣に言った。 何をそんなに一生懸命になってるんだ? 「一緒に食べるっ。だから・・・ひとりで誕生日なんて・・・言わないで?」 「・・・ああ。ごめん、さくらにそんな顔をさせたくて言ったわけじゃないんだ」 「うん」 「じゃあ、13日はさくらを予約ってことで」 「予約?」 「一緒にいてくれるんだろう?」 「はいっ」 さっきとは打って変わって、満面の笑顔でさくらがぎゅっと手を握った。 **** 「李君」 「大道寺。何か?」 12日の帰り際、大道寺に呼び止められた。 「明日は李君のお誕生日ですわね」 「・・・ああ」 「私からもプレゼントを用意しましたの」 「え?」 くすくすと笑いながら大道寺が言った。 大道寺がおれにプレゼント?何かありそうだ・・・? 「李君にはきっと一番喜んで頂けると思いますわ」 ・・・一体大道寺は何をそんなに楽しんでいるのだろう。 「もっとも、プレゼントそのモノは李君には差し上げられないのですが…」 「?」 「明日になればわかりますわ。それでは李君、ごきげんよう」 そう一方的に話をつけると、大道寺はくるっときびすを返して教室から出て行った。 明日になればわかる・・・? **** ピンポーン。 インターホンが軽やかに鳴った。 「はい」 「宅配便でーす」 期待していた姿ではなく、宅配便の配達人がインターホンの画面に映った。 荷物は香港李家からだった。名前を見ると、姉上たちからだとわかった。 律義に毎年何かしら送ってくる。今年はウイスキーが中に入っていることで有名な、チョコレート・ボンボン。酒は禁止されている年齢でも、チョコレートなら許されるし・・・問題はないが、何故、こんなものを送ってきたのか・・・。相変わらず、姉上たちには振り回されっぱなしだ。 そこに2度目のインターホンが鳴った。 「はい」 「あ、さくらです」 午後2時10分。 まあ、10分くらいのズレはしょっちゅうだ。 カチャリとドアを開ける。そこにはいつもの笑顔でさくらが立っていた。 「こんにちはっ」 「ああ」 そのままリビングまで案内する。案内などいらないだろうが・・・。 「あのね、あのねっ」 さくらが少し大きめの箱をぽんっとテーブルに置き、止めてあったテープをぴり りとはがした。そしてパカッと箱のフタを開けた。 「ハッピーバースデー!小狼君っ」 嬉しそうにさくらが言った。 小さめのデコレーションケーキ。ふたりにしては少々多い。 綺麗に並んだ苺に、トッピングされたベリー類。白い生クリームが雪を思い出させた。 真ん中にはバースデーケーキによく見られるような、ホワイトチョコで『HappyBirthday Shaoran』と書かれたチョコレートが乗せてあった。 「ありがとう。美味しそうだ」 「そうかな?よかったぁ」 「じゃあ、紅茶をいれることにしよう。一度冷蔵庫にしまっておくな」 「あ、わたしやるっ」 さっとさくらはケーキにフタをして、冷蔵庫まで運んで行った。 いつになく今日のさくらは嬉しそうだ。 「あ、ねぇねぇ小狼君っ」 「ん?」 パタパタとキッチンから戻ってきた。 「この服、どうかなっ」 そう言うと、くるんっと一回転した。 白いスカートがふわりと舞う。 ふわりと膝丈までのワンピース。レースがあしらわれていて、ふわふわ感を増している。 清楚な襟元に入った刺繍、結ばれたセピアのリボン、ふわりとふくらんだ袖。 なんだか衣装にも見えてくる。シンプルだけれどどこかかわいらしい服だ。 「よく似合ってるよ」 「この服ね、知世ちゃんが作ってくれた服なの。絶対今日着てねって言われて・・・」 『もっとも、プレゼントそのモノは李君には差し上げられないのですが・・・』 ・・・もしかして・・・大道寺が言っていたプレゼントはこのことか・・・? 大道寺が作った服を着たさくらがプレゼントだと・・・? 「小狼君?」 「・・・いや。さすが大道寺だな」 「かわいいよねっ、この服。でも、なんで今日絶対着なきゃいけなかったんだろう・・・」 おれに見せて初めてプレゼントになるってわけか・・・。 昨日くすくすと笑っていた大道寺の意図がやっとわかったな・・・。 確かに、今日のさくらはいつも以上に可愛く見える。 さくら以上にもらって嬉しいプレゼントない・・・ってことか。 「小狼君?」 「いや、何でもない。まったく、大道寺にはかなわないな・・・」 「何が知世ちゃんにかなわないの?」 「さくらが可愛いってことさ」 「??」 さくらが疑問付を浮かべた。 「さて、アールグレーとダージリン、どっちがいい?」 「アールグレーがいいなっ」 「OK」 「あ、わたしがやるっ。小狼君は待ってて!」 「どうして?」 「今日は小狼君のお誕生日だもの!!ねっ」 「・・・わかった。じゃあお願いするよ」 「はーいっ」 さくらがここにいて、こうしてふたりで過ごせる。 おまけに手作りケーキつき。 これはかなり贅沢な誕生日だと思うのはおれだけだろうか。 何かモノが欲しいわけじゃない。 強いて言うなら、ふたりきりの時間がプレゼントだ。 今日は7月13日。おれの誕生日。 それなら、キスのひとつ奪っても文句は言われないかな? 2006.07.13. |