何の変哲もない日曜日の午後。 ぽかぽかに太陽の光で暖められた室内。 白いレースのカーテンを揺らして入ってくる風。 穏やかな昼下がり。 小狼は読もうと思っている大量の本を日が当たらない書斎から運びだし、リビン グのテーブルの上に並びたてた。 マグカップにコーヒーをなみなみと注ぎ、少量の砂糖とミルクを入れた。 ブラックコーヒーが飲めないわけではないが、頭の回転率を上げるには砂糖ほど 良い成分はない。 甘すぎない程度に入れるのが読書の時の決まり事だった。 そんな小狼が厚めの本のニ冊目、53ページ目にさしかかった時。 ピンポーン 普段、あまりなることのないインターフォンが鳴った。 「誰だ・・・?」 そう呟いて、小狼はしおりを本に挟み、インターフォンの受話器を取った。 「はい」 「こんにちは、小狼君。さくらです」 画面に映し出されたさくらが、そう、にこやかに言った。 「さ、さくらっ!?」 約束をしていたわけでもないのに、さくらが家を訪ねてくるのは珍しいことだっ た。 小狼はちらかっている本の数々を気にしながらも、玄関を開け、さくらを家の中 に招き入れた。 いつも用意されている見慣れた桃色のスリッパに足をとおして、さくらがうきう きした声で言う。 「突然ごめんね。お邪魔じゃないかな?」 「いや、大丈夫だ」 そして、リビングまできて、さくらは少し驚いた。 いつも綺麗すぎるほどサッパリとした空間なのに、今日は大量の本が机の上、ソ ファの上に無造作に並んでいる。 「本を読んでいただけだから」 小狼がさくらの様子を見て言った。 「そっか・・・」 並んでいる本はどれも難しそうなものばかりで、中には中国語で書かれた本や英 語で書かれた本もあった。 「あのねっ、ケーキ焼いたの!それで、小狼君に食べてもらおうと思って持って きたんだ」 ひょこっとケーキの入った箱を胸元まで上げた。 嬉しそうな笑顔だ。 「ありがとう。じゃあ、休憩がてらお茶にしようか」 「うんっ」 さくらは慣れた手つきでカバンを置くと、ケーキの入った箱を持ってキッチンに 向かった。 小狼もそれに続きキッチンに入る。 やかんに水を入れてコンロに置いたとき。 「あっ・・・」 さくらが軽く声をあげた。 「何だ?」 「生クリームっ・・・買ってから来ようと思ってたのに・・・忘れちゃった・・・」 パカッと小狼が冷蔵庫を開ける。 あいにく、生クリームはなかった。 「うちにもないな」 「わたし買ってくるね」 「いいよ、なくても」 「だってケロちゃんが生クリームがあると数倍おいしいって言ってたの!小狼君 にはおいしいの食べてほしいし・・・」 「・・・わかった。じゃあ紅茶選んで待ってるから」 「ありがとうっ」 さくらはバタバタと自分のバッグをつかんで玄関に向かった。 そんなやりとりの間に、二人分の少量しか入っていなかったやかんが、しゅうし ゅうと音を立てていた。 カチッと火を止めて、小狼は紅茶を選びに棚に向かった。 「ふむ・・・」 甘めのお菓子にはダージリンが良く合うが・・・香り高いアールグレーも捨て難い。 アッサムはミルクティーに最適だ。ブレンドされたフレーバーティーも良い。 紅茶はイギリスのイメージが強いが、もともとは中国のお茶だ。 もっとも、イギ リスで様々なブレンドが生まれたので、やはり主流はイギリスだけれど。 エリオルならば紅茶にさぞ詳しいだろうが、中国は緑茶や青茶が主流のため、小 狼も詳しいほどではなかった。 棚に並んだ紅茶の缶を見つめて、ケーキと生クリームという組合せを考えて、シ ンプルにダージリンにすることにした。 キッチンに缶を持って戻り、先ほど沸いたお湯をティーポットとカップに注ぎ、 水をやかんに足して再び火にかけた。 ・・・今から生クリームを作るんじゃ、カップを温めておいても無駄か・・・? と小狼は思ったが、気にしないことにした。 やかんにはたっぷりとお湯を沸かし ているのだから。 やかんのお湯が沸いても、さくらは戻ってこないので、小狼はやることがなくな り、 再びソファに戻り、ごろんっと横になって本の続きを読みはじめた。 カチャリ。 鍵をかけていなかった玄関が静かに開いて、さくらが「遅くなっちゃった」と呟 きながら入ってきた。 ぱたぱたと小走りにリビングに戻る。 「ごめんなさい、しゃおら・・・・・・小狼君?」 キッチンに生クリームを置き、そっとソファに近寄った。 もしかして、わたしの帰りが遅いから怒ってるのかな? とも思ったが、規則正しく聞こえる呼吸の音にくすりと笑った。 そっとソファの背もたれごしに覗き込む。 暖かい室内にまどろみを与えている日差し、活字の並んだ本にソファ。 そんな状況に負けて、小狼は本を胸の上に置いたまま、眠ってしまっていた。 穏やかな寝顔に思わずさくらの頬がゆるむ。 優しい瞳で小狼のことを見つめた。 「待たせてごめんなさい。すぐ準備するね」 そう、ぽそっと言って、さくらはゆっくりとキッチンに向かった。 ケーキは小狼が冷蔵庫にしまってくれてあった。 お湯も沸かせてくれたようだが、ぬるくなってしまっている。 ダージリンの紅茶の缶がぽつん、と置かれ、冷めきったお湯の入ったティーカッ プとティーポットがあった。 ボウルに生クリームと砂糖を入れながらその状況を見て 「だいぶ待たせちゃったのかな・・・。そんなに時間経ってたつもりないんだけど」 と呟いて、 カチャカチャと泡立て器で生クリームを泡立てにかかった。 そうか・・・行き帰りで15分ちょっとはかかるもんね・・・わたし30分くらい待たせ ちゃったんだ・・・。 生クリームももう少しで完成というあたりで火をつけて再びお湯を温める。 泡立て器がかなりうるさいから起こしてしまうかもしれない、というさくらの心配 をよそに、小狼はまだ眠っていた。 沸いたお湯でティーポットとティーカップを再び温めて、冷蔵庫からケーキを取 り出して切り分ける。 今日のケーキは甘くてほんのり苦い、ガトーショコラ。 そこに良い具合にホイップされた生クリームをぽんっと添えた。 ミントの葉があれば完璧だが、さすがにそこまではない。 小狼が選んだダージリンの茶葉をティーポットに入れ、お湯を注ぎ入れる。 トレーにケーキ、カップ、ポットを乗せて、ソファの前のテーブルまで運んだ。 「・・・・・・」 これだけ音を立てていても起きないだなんて珍しい。 小狼は先ほどとほとんど変 わりない格好で眠っていた。 かわいー寝顔・・・。疲れてるのかな。でも・・・起こさなきゃだよね・・・。 さくらは小狼の寝顔を見つめて、頬をゆるめながらそう思っていた。 紅茶が渋くなる前に、生クリームが溶けないうちに、小狼を起こさなくてはせっ かくのケーキが台なしだ。 それからふたりがそろってケーキを食べ始めたのは紅茶が少し渋味を出したころ だった。 2005.12.21. |